※11月24日発売の本誌ネタバレしてます!
注意!




















「桃太郎さんはどうして鬼を退治しようと思ったんですか」
沈黙が続いていた部屋で、鬼灯が口を開く。桃太郎は瞬きをして鬼灯を見るが、すぐに恥ずかしそうな顔になり、目をそらした。
「いや、だから、あの時は俺も若かったっていうか…もうその話は掘り返さないでくださいよ」
もごもごと気まずそうな台詞、それを受けて、鬼灯は、いえ、別に貴方を辱しめようとしているわけではありませんよ、と、桃太郎に視線を向けながら言った。
「誰も歯向かうことができなかった相手でしょう。それに立ち向かおうというなら生半可な意思ではできないはずですから」
ふと気になったのです、と言えば、桃太郎は泳がせていた目で鬼灯を捉える。それから暫く黙っていたが、鬼灯は視線はそのままに、桃太郎の発言を静かに待っている。その様子から、からかっているわけではなさそうだ、と判断した桃太郎は、それでもやはり言いにくそうに(なんせ恥ずかしさを抜きにしても、目の前にいるのは鬼であるからして、鬼を討伐した話などしづらいことこの上ない)、ええと、と一息ついてから話始めた。
「あの時は、恥ずかしいけど俺ってなんでも出来るとか思ってたんでしょうね。それで、なんでもできるなら鬼だって退治できると思って…、みんな困っていたし、やっつけられるならやっつければいいじゃないかって」
そこまで話して、桃太郎は赤面した。若かったんですよ、と、弁解するように口にした。
すると、鬼灯は、そこです、と呟く。そこ、というのが何を指しているのかわからず、桃太郎は首を傾げた。
「え?」
「あなたが直接何かされたわけではない、ただ誰かが困っているというだけで、単身強敵のねぐらに乗り込もうと思うものですか?」
笑いなど微塵も含まれていない、真剣な物言い。相手の質問の意図は分からないが、どうやら話のタネにしてやろう、というような、おちゃらけたものではないらしい。
その真面目な瞳に、しどろもどろになりながら、桃太郎は己の考えを伝えるべく言葉を探す。
「いや、だって、悪い鬼だっていうし、それに、苦しんでる人がいるってすごく嫌じゃないですか。助けを求めている人がいるなら、自分ができることがあるならしたいです」
「助ける義理のない者でも?」
「義理とかそういうので動いてないですよ。立ち向かう力がないだけで、泣き寝入りするなんてあんまりじゃないですか。助けてあげられる人が助けてあげるのは当たり前だと思いますけど」
そう、桃太郎とて、鬼を倒してちやほやされたいと思って討伐に向かったわけではない(全くないと言ったら嘘になるけれど)。純粋に、悪は許せないという自分なりの正義に従っただけのことである。
恩を売るとか、自分がいい思いをしたいとか、そんな半端な気持ちでは、倒すことはできなかっただろう。大人ですら手をこまねいていた、異形の者共である。年端もゆかぬ子供が立ち向かえるなど、一体誰が想像しただろう。
そう、純粋に、自分達だけが良ければいいという、傲慢な鬼達が許せなかったのである。ただそれだけだ。
それを聞いて、鬼灯は、一瞬はっとしたように、目をまるくし、それからまるで泣くのを堪えるように、眉間に深い皺を作った。それは全て、無意識に行ったことではあったけれど。
傲慢と言うなら、人間の方が余程そうではないか。いや、人一倍正義感を持っている男である、相手が鬼だとか、人だとか、それは問題にはならないのだろう。きっと、鬼ではなかったとしても、一人きりだったとしても、刀を差して、乗り込んでいたのだろう。誰が止めるのも聞かずに、自らを犠牲にして。
皆が幸せになれるようにと?
己と桃太郎の、なんと違うことだろう。ああ、その為に、自分は死んだのである。それは、正義感に則ったものであるどころか、自分の意思すら届かないものだった。立ち向かう、などという選択肢ははなから用意されていなかった。
鬼灯の預かり知らぬ所で、大人達が決めたことであり、周囲から強要されたことである。
異義を申し立ててくれる者など、自分に情けをかけてくれる者など、いなかった。それを甘んじて、泣き叫ぶこともなく、ひたすら静かに、あっけなく、生を終えたけれど、決して望んでいたわけではない。
(もしかしたら、反対してくれる人がいるかもしれない、生け贄など、と、庇ってくれる人が、)と、期待もしていたのだ。しかし現実は、幼子の人生に幕を下ろすことに、なんの躊躇いもなかった。
裏切られたとは思わないけれど、なんだか酷く落胆した。悲しかったのかもしれない。気持ちを形容する術を持たない子供だった故に、その時感じた思いは、未だうまく説明することができない。
ただ、ひとつだけ確かなのは、慰めでもいいから、手を差し伸べてくれる人がほしかったのだろう、ということ。笑ってしまうけれど。
「桃太郎さんとはもっと早く会いたかったですね」
「なんですか?いきなり」
あの時、あの場に彼がいたらどんな行動を取るだろうか、皆に合わせて、自分の命の灯火が消えるのを願うだろうか、それとも。
「いえ、こちらの話です」
そう言えば、桃太郎は不思議そうな表情を浮かべ、その意味を問う視線を投げ掛けてくる。
「流石、日本のヒーローは言うことが違うなあと思いまして」
「ちょっ、鬼灯さん!からかうのは止めてくださいよ」
「おや、本心ですが」
「……嘘ばっかり」
己の言葉に、愉快な程踊らされる目の前の男を見て、鬼灯は薄く笑む。
この男なら、村の規則や暗黙の了解をも打ち砕いて。
あの日の自分に手を差し伸べてくれたのだろうか。






20111126
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