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仕事も早く終わりこのまま家に帰ろうとしていた静雄の帰路は、見慣れない男たちによって塞がれた。男たちは外見からして友好的には見えない。現に皆一様に手に鉄パイプや金属バット、中にはナイフを持っている者までいた。静雄は心の中で、この状況を作り出したであろう人物の顔を思い出す。それと同時に金属バット片手に自分に殴りかかってきた男に頭突きを食らわせた。きっとこの怒りは今頭の中を占めている張本人を殴らないとおさまらないだろう。それでも面識の一切ない奴をリンチしようだなんて人としてどうなんだと、怒りは徐々に目の前の男たちに向いていた。
背後に気配を感じて振り返ると、そこには見慣れた黒いコートを着たの男の後ろ姿があった。ガツンという鈍い音とともに、その身体は地面に叩きつけられる。殴られた衝撃とは別に地面にぶつかる音もした。

「……」
「……」

さっきまで罵声を飛ばしていた集団は静まり返っていた。殴った男もまさか人が出てくるとは思わなかったのだろう。しかもそれが折原臨也だとは、静雄すら思いもしなかった。地面にうつ伏せのまま動かない身体を足で仰向けにしてみる。額を殴られたらしい臨也は気絶しているのか全く起きる気配はない。打ち所が悪かったのか血も流れていた。

「こいつ殴ってストレス発散しようと思ってたのによぉ……」

何の反応もない臨也を殴っては意味がない。それ以前にこれで死んだらどうしてくれる。そんな怒りに脳内を満たされながら、静雄は目の前の集団を八つ当たりのように殴り始めてしまった。
ちょうどセルティとの食事が終わった頃。新羅のマンションを静雄は訪ねた。肩には気絶したままの臨也を背負っていた。その姿に新羅が驚かないわけがなかった。

「……今日は凄いお土産を持って来たね」

新羅の皮肉も似た言葉に静雄はなにも返さず、引きずるように連れてきた臨也の身体を床に下ろした。

「うーん、流石に頭はまずいね」

応急処置を施され頭に包帯を巻いた臨也はソファに寝かされていた。大声を出しても手に刺激を与えても、目が覚める様子はなかった。まさかこのまま家に泊らせなければいけないのかと、新羅は別の心配をしていた。

「でもこれ何で殴ったの?自販機にしては軽いし……」
「……確か鉄パイプで殴られてたな」
「おや!その口振りと凶器からすると君がやったんじゃないんだね」
「だからイラついてんだよ。眼鏡ぶち割るぞ」

へらへらと笑みを浮かべる新羅に静雄は額の青筋を増やすが、それも臨也が唸り声を上げたことで見事に消えてしまった。頭が痛いのか後頭部を撫でながら身体を起こした臨也は、眉間にしわを寄せていた。

「やぁおはよう!気分はどうだい?」

臨也が目を覚ました事実よりも泊らせなくて済むという安堵から、自然と新羅の声は嬉しさが含まれた。ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら臨也は部屋の中を見まわしている。その様子はまるで知らない場所で迷子になった子どものようだと静雄は考えていた。しばらくそれを続けた後その目に静雄を映した瞬間、臨也はこれでもかと大声を上げた。

「あぁ!良かったシズちゃん怪我はない?」
「「は?」」

静雄と新羅の声が重なる。そんな二人の反応にも気付かず臨也は身体を起こし、静雄を見上げた。

「びっくりしたんだよ?だって歩いていたらシズちゃんが殴られそうだったんだ。思わず飛び出しちゃったけど、シズちゃんは大丈……」

そこまで言って、臨也はまたソファへと身体を沈めた。喉元を静雄の大きな右手で掴まれそのまま叩きつけられたからだ。スプリングの効いたソファはギシギシと音を立てながら臨也の細い身体を受け止めていた。
喉元を抑えつけられているせいで呼吸のできない臨也は、口から唾液を垂らしながら足をバタつかせた。それでも静雄の腕を振り払おうとはしない。いつもなら何らかの抵抗は見せるのに。その無抵抗な姿が静雄には気持ち悪くて仕方がなかった。

「あっ……が……」
「静雄、それ以上したら本当に死んでしまうよ」

そう言われて静雄はゆっくりと腕を離した。一応止めようとしていただろう新羅の口調はとても落ち着いていた。さっきまで臨也の治療に使った道具を箱の中に直しながら、臨也のそれが本気なのか冗談なのか見抜こうとしているのか意識はこちらに向いていた。

「げほっげほっ……シズ、ちゃん……」

急に肺に酸素が取り込まれたせいでむせている臨也は涙目になりながら静雄を見つめた。

「何で、急に……」
「あ?さっきから気持ちわりぃんだよ。元はと言えば手前のせいだろ。うぜぇ」
「……シズちゃんは俺が嫌いなの?」
「当たり前じゃねえか。ま、死んでくれたら少しはマシになるかもな」

そういった瞬間臨也の顔は息苦しさとは違う辛さに歪んだ。子どものように鼻をすすりながらしばらく考え込み、それから臨也はごそごそと身体にかけられていたコートの中から折りたたみ式のナイフを取り出した。またいつものように斬りかかってくると思い身構えた静雄だったが、その刃先は臨也自身の喉元に向いていた。

「シズちゃんがそう言うなら、そうする」
「静雄っ!」

新羅の声が早いか遅いか。静雄はそのナイフを叩き落とした。銀色に光るそれは鈍い音を立てながら床に突き刺さった。慌ててそれを拾おうとする臨也の肩を静雄は突き飛ばした。それでもまだ臨也はナイフに手を伸ばそうとする。静雄は刃の部分を捻じ曲げ簡単には戻せないようにした。

「何で……?俺はシズちゃんが死んだら嫌いじゃなくなるって言ったから死のうとしたんだよ……?」

今にも泣きだしてしまいそうな声で臨也は言った。



















静雄が好きすぎてでも許されないと葛藤し続けた結果、静雄を嫌いな臨也と大好きな臨也になりました。



February 01, 2012 03:25
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