Thriller Night





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When you hear the witches singing on Hallowe'en's dark night Bring forth your Jack o'Lantern and they'll quit from very fright.ハロウィンの暗い夜に魔女たちの歌声が聞こえてきたら、ジャックオランタンを持ち出してごらん。そうすれば、彼らは驚いてどこかへ逃げてくだろう。
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夏が終わり、秋が深まり、冬へ向けてだんだんと寒さが出てきたこの頃、日が落ちるのが早くなったトロスト区の街並みを、任務帰りのリヴァイは足早に馬で進んでいた。10日ぶりの調査兵団本部の周りには、先週の木枯らしで落葉した葉っぱの絨毯が出来上がっている。ふかふかの絨毯の上を通り、厩舎へと向かった。


愛馬を厩舎へ入れ終え調査兵団の兵舎に入る頃、建物の中からは普段耳にすることのない奇妙な音楽が流れてきた。よく耳を澄ましてみると、どうやらそれは談話室のあたりから聞こえてきているらしい。アコーディオンや笛や金属を叩くような楽器の音が調和し、奇妙で怪しげな独特のメロディーを奏でている。リヴァイは立ち止まり、怪訝そうに二階を見上げた。

「‥あいつら、何してんだ」

状況が分からないまま兵舎内の階段の上り、二階の角を曲がった彼は、目の前の光景に目尻をひくつかせて立ち止まった。


「‥ナメた真似しやがる」


角を曲がった途端に世界が変わっていた。
比喩ではない。数日留守にしていた間に、世界は変わっていたのだ。

通常であれば殺風景の筈の廊下には、紅葉した落ち葉が敷き詰められ、床や天井には、顔の形にくり抜かれたカブやカボチャの大小のランタンが、暗い廊下を怪しげに照らしている。ここぞとばかりに張り巡らせた綿の蜘蛛の糸が、ランタンの明かりに合わせて細い影を揺らしていた。奇しくもこの廊下からは大きな月が綺麗に見え、怪しげな雰囲気に花を添えている。

任務で中央に行っている間にこんな事になっていようとは。今すぐにでもこの状態を作り出した犯人を捕まえて、原状回復以上に清掃させたい気持ちを理性で押さえ込んで、リヴァイは談話室の扉を開けた。

「‥‥何だこりゃ」

部屋の中も当然に異世界だった。

廊下と同じように、奇妙なランタンで薄ぼんやり照らされた談話室。動物の骸骨で作られたトーテム。しつこく張り巡らされた蜘蛛の巣と、それに引っかかっている本物と見間違うほどリアルな巨大蜘蛛。ガラス窓には血の手跡が隙間なく付けられている。右奥の椅子にはアコーディオンを弾くミイラ男。そして、その部屋の真ん中にも違和感の塊がいる。やたらとデカい腐乱男と、その上に血みどろの看護婦。デカイ方は背格好で検討がつくが、上の女は誰だかわからなかった。

「オイ‥‥こりゃあ、一体何なんだ?」
「何って、見ての通り。復活祭です」
「‥‥あ?お前ヘーゼルか?」

腐乱男(ミケ)に肩車されながら、天井に飾り付けをする看護婦は、その手を止めて足下のリヴァイを見下ろした。

「おかえりなさい、予定より遅かったですね」
「オイ‥人と話すときは目線を合わせやがれ」
「俺を蹴るな‥っ」

何となく感じたムカつきをミケにぶつけるリヴァイだったが、そこはミケも流石の兵士である。痛がりつつも大したダメージは受けていないらしい。リヴァイは不完全燃焼で更に大きく舌を打った。

そんな足下の男たちの攻防をスルーして、ヘーゼルは飾り付けを再開する。


「ずっと思っていたんですよね。兵士になってこっち、ちゃんと開催してないなって」
「当たり前だ。ガキのイベントだろうが」
「でも、皆ノリノリで手伝ってくれてますよ?」
「お前が元凶か‥」


会話だけ聞けば割とよくある彼らの日常会話だが、圧倒的に違和感がある。

言うのもはばかられるが、彼女達の仮装姿が無駄にリアルで恐ろしいということだ。リヴァイは忌々しそうに、ヘーゼルとミケを交互に眺めた。

ヘーゼルの扮するのは血濡れの看護婦。その髪はボサボサで、顔の大部分は白い布でグルグルと巻かれていた。布の重ね目で辛うじて目が見えている状態だろう。包帯の隙間から覗く肌には血色が悪く見えるように白粉おしろいが塗りたくられ、何かの実をすり潰したらしい血糊ちのりが顔の布や手足に擦り付けられていた。看護服はぼろぼろで薄汚れ、腹部からはここぞとばかりに血がジクジクと染み出している。中々におどろおどろしい。昔から伝え聞くこの国の怪談話そのものだ。墓場で見たら間違いなく失神ものだろう。あまりに変わり果てた彼女の姿に、実はリヴァイはあまり直視できなかった。

そんなヘーゼルの話によると、部屋の隅でアコーディオンを引くミイラ男はナナバらしい。彼もまた全身に死者風メイクを施し、血塗れの指で見事な演奏を続けていた。その外見からは彼元来の端麗な顔立ちは微塵も感じ取れない。

この国の大多数が信仰する古くからの宗教では、毎年この時期に復活祭をする。基本的には子供が仮装して町中に繰り出し、各家々から手作りのお菓子を貰うような宗教行事だ。

例に漏れず、ここ調査兵団兵舎にも、毎年この日には近所の子供達が可愛らしい幽霊の仮装をしてお菓子をもらいにくる。ヘーゼルもこの日には個包装にしたお菓子を用意して出迎えていた。それがどうしたことか、今年は様相が違うらしい。


「っと、天井完了!ミケさん降ろして!」
「あぁ」


天井の飾り付けを終え、床に降り立ったヘーゼルは、関節をカクカクと動かし、身体を不自然に傾けリヴァイに虚ろな目を向けた。


かわいいぼうや‥お薬の時間よ‥って感じです。どうです?」
「‥あぁ。恐怖心を大いに煽られた」
「良かった!」
「良かねえよ」


準備の為先程から部屋に出入りする調査兵の面々は、皆一様に恐ろしい怪物や幽霊、ならず者の仮装を施している。そして皆クオリティが高いもので、いつもなら皮肉の一つや二つや三つくれてやる流石のリヴァイも舌を巻くほど。そうしていると、またも談話室のドアが大きく開き、大きなトレーやら鍋を持ったゾンビ男と白塗りの道化師が入ってきた。


「お待ちどう!料理できたぞー!」
「すごい、超不味そうじゃん!エルドってば最高!」


ヘーゼルはトレーの上の皿たちを見て感嘆していた。しかし声音と台詞が全く噛み合っていない。同じようにトレーの中を見たリヴァイは、彼女と正反対にそれらから目をそらした。その理由は単純なもので、テーブルに並べられていく料理もまた、気味が悪く頭がおかしいと言わざるを得ない品々だからだ。

彼らの持ってきた皿は、臓器やら虫やら怪奇生物を模した創作料理ばかりで、全く食指をそそられない色どりをしていた。兵団きっての料理上手のエルドたちが作ったそれらは、見た目はさておき、味はきちんとしている。だからこそヘーゼルは感嘆していたわけだが、正直そんなものは、今のリヴァイにはクソほどのフォローにもなっていなかった。



「オイ‥これが食い物だと?随分な悪ふざけじゃねぇか。お前ら人間やめる気か」



リヴァイが軽く吐き気を催していると、再びドアが大きく開いた。

「お待ちどうさま!マフィンできたよー!」
‥モブリット。何のためにあなたがいると思ってるの?
「すみません!すみません!止めたんですが駄目でした!」


続けざまに入ってきたのは、カラフルで可愛らしいマフィンを腕に抱えたハンジと、その名の通りやつれて頬がけ切った骸骨男、モブリットだ。

ハンジは一見するといつもの白衣姿だが、その白衣の下は彼女渾身の力作で、脈を打つ内臓が剥き出しになっているという何ともクレイジーな仮装だった。今回はふざけ気味な流石のヘーゼルすらも、ドン引きするほどの出来栄えらしい。

ハンジの腕の中の美味しそうなマフィンを見つめ、ヘーゼルは後ろの骸骨男におどろおどろしい声を投げていた。ハンジの作った美味しそうなマフィンが、見た目通りに美味しいだけの筈がないのだ。

大きなテーブルの上が皿で埋まり、鷲鼻わしばなの魔女に扮したペトラが、ブラッドジュースをグラスに注ぎ出すのを確認すると、ヘーゼルは部屋の隅から大きめの紙袋を持ってリヴァイに近づいた。


「さて、兵長はこれ着てくださいね」
「‥‥何だこれは」


言うが早いか、リヴァイの肩に黒いマントをかけてぼたんを止めると、次にヘーゼルは尖った角のようなものを取り出し、彼の頭に取り付けた。急なことで何をされたのか分からず、リヴァイが自らの頭に手を伸ばしていると、その隙にと言わんばかりにヘーゼルは彼の口元に何かを擦り付ける。


「仕上げにこれ!」
「‥‥ヘーゼルてめぇ」


ぬるりと口端から頬に走る感覚に、リヴァイはギロリとヘーゼルを睨んだ。差し出された手鏡を見ると、それは立派な吸血鬼が完成している。一体いつの間に。どうやら先程のは吸血した血を表現するための血糊のようなものだったらしい。拭き取ろうと親指の付け根で擦ったことが、余計に吸血鬼感を演出してしまっていた。

「ちなみにこれ口紅です。専用の溶剤じゃないと落とせませんから。終わったら差し上げます」
「このクソ看護婦‥‥覚えておけよ」

この調査兵団復活祭で最難題であった「リヴァイに仮装させる」というミッションを難なくクリアしたヘーゼルを、遠くから見ていたペトラとナナバはしみじみと呟いた。

「‥‥怖いわ。兵長にあんな事できるのなんて、ヘーゼルかハンジさんくらいよね」
「いや、それよりもリヴァイの異常なまでの似合い方の方が私は怖いよ」

「何で俺がこんなクソだせぇ格好しなきゃならん」
「まぁま、たまにはいいでしょう?」
「いいやヘーゼル、お前はいつだってこうだ。力を入れる方向性が可笑しい。大体この料理も何だ。いい趣味してやがる」


リヴァイは、目の前の皿に雑然と盛られた指型の腸詰め肉を摘み上げ、これ以上ないほど嫌そうに顔を顰めた。


「そういう行事なんですもん。馴染みの牧師さまに昔の風習を聞いて再現してみました。みんなのお陰でかなりの出来です」
「あぁ‥才能の使いどころを間違えた野郎どもが多いらしい」


食事が並び、いよいよパーティーを始めようという時、談話室のドアがまたも大きく開き、黒いマントに骸骨の仮面をつけた死神がぬっと現れた。2mはあるであろう大蝦蟇おおがまを手に持つ様は、今にも命をさらわんとする死神そのものだった。その迫真の動きに皆が息を飲む。

「もう始まってるか?」
「エルヴィンてめぇ‥仕事しろ」

死神の正体はエルヴィンだった。唖然とそれを見ていたリヴァイは我にかえり、落ち着いて部屋を見回した。何だこれは、ただの化け物屋敷じゃねえか、と。そして仲間たちのその余りの出来栄えに、自身の仮装のクオリティに物足りなさすら感じた自分自身を殴り倒したくなった。


「‥クソが。お前ら全員凝り性かよ」
「やるからには全力でやる。それが、調査兵団だろう?」
「カッコつけてんじゃねえぞ骸骨野郎」

そう吐き捨てた瞬間、周りの化け物たちが羨望のような目で死神を見つめているのに気付き、大きな頭痛に見舞われた。長い任務が終わり、落ち着いて休めるとホームに戻ったばかりにも関わらず、兵舎に戻ってから落ち着くどころか人間にすら出会っていない。一体どういうことなんだ。


「オイてめぇら‥頼むから全員で大ボケかますんじゃねぇ。一人じゃさばききれねえぞ」


文字通り化け物屋敷と化した調査兵団本部に、お菓子をもらいにやってきた子供達が泣き叫んで逃げていくのは数分後。リヴァイが狂気の笑みで兵舎の後片付けを命令するは、これから一刻ほど後の話。
調査兵団は奇人変人の集まりであると壁内人類中に伝わるのは、その年が明ける雪深い頃だった。



>>Thriller Night



ヘーゼル:血濡れの看護婦
ミケ:フランケン
ハンジ:臓器飛び出し
リヴァイ:吸血鬼
エルヴィン:死神
ペトラ:魔女
ナナバ:ミイラ男
グンタ : ジョーカー風
エルド:ゾンビ
モブリット:スカル


あとがき
――――――-

咲哉さん!三万打企画へのご参加ありがとうございます!季節物なので、なんとかハロウィンまでに間に合わせたかったのです‥ギリギリセーフ!

原作の世界にハロウィンがあるかは分かりませんが、調査兵団の面々は、大人気なく大人の能力を最大限に発揮させると信じてます!ハンジさんのマフィンにはいかがわしい成分が存分に含まれてるんです(迫真)

リヴァイ兵長が怪物たちの世界に迷い込みつつ、最後には、誰よりその世界に馴染んでしまう感じがします笑

調査兵団の変人奇人説はこれが原因だったらいいな‥




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