たとえば知りもしない物語がどこかで続いているとして。
それでもあなたはこの先一生
その物語に触れることは恐らくない。

じゃあもし何らかの形でそれを知ってしまったなら。
あなたはそれを最後まで見届けるのだろうか。


幸福へ向かってゆくかのようなわたしの物語。
その中のわたしはこれまで綴られてきたとおりに
新しい学校に通って
新しい生活を送って
大人になって
その日だまりのような未来には
旦那さんがいて
ずっと会いたかった人との再会に涙するわたしが
何にも脅かされることなく日々を生きているのだろう。

あなたはこの“箱”に触れて
本来なら知ることもなかったはずの
本来なら無関係であったはずの
特別でもない在り来りな“わたしたち”の物語を
こうやって今でも透明なガラス越しに
眺め続けている。

ああ。知ってしまったのだ。

“わたしたち”についてだけではない。
それはもっと華々しいのかもしれない。
或いはもっと近未来的で
もっと穏やかで
哀しくてそれでも前を向き続けるのかもしれない。
そうやってあなたは幾千もの世界を眺めてきた。
…若しくは干渉されてきたのだろう。

どんなに目を背けたくなるような話だって
泣きたくなるようなつらい話だって
おぞましい何かが誰かの幸せを喰らい尽くす話だって
あなたはずっと眺めてきた。


そして
忘れてゆく


涙を誘う台詞
繊細な比喩表現
飾らない心理描写
不意に現れる不明瞭な文字の羅列
あなたはガラス越しにそれに触れて
いとも簡単に感情を揺さぶられ
“わたしたち”からの干渉を受け入れて
知らない内に物語に浸され、沈められる。
“わたしたち”からの強い干渉を受けて
自分が何処にいるのか それさえも
だんだん、だんだんおぼろげになってゆく。

そして我に返った時には
いつもの日常を生きていて
これが自分とはなんら関係ない
ただの虚構だったのだと気づく。


“おわり”の字でとじられた物語。
その物語は本当は 今生きている自分たちと同じように
彼らが死ぬまでずっと続いていて
“箱”はその一部を切り取ったものにすぎない、と
自分の知らないところで続いているのだろう、と
ここまで読んだあなたはきっと 思うかもしれない。


無責任にそう思うのだろう。


あなたが物語を手放したとき
あなたの中に生きた“彼ら”は
“わたしたち”の中に流れる時間は
まるでビデオプレーヤーを一時停止させたかのように
あなたが忘れてしまったその瞬間に
永遠に凍りつく。

もう二度と息を吹き返すことはない。

だからどうか。
どうか忘れないで。

何処を向いて生きていけばいいのか
当たり前のようでそうでない日々を
“意思”に与えられた 穏やかで残酷なシナリオを
一体どう生きていけばいいのか
何も知らない“彼ら”は、“わたしたち”は
答えを手探りしながら
日々を生かされている。

“箱”に触れたあなたがガラスを通して
“わたしたち”を見てくれる。
ずっとは続かない“わたしたち”の幸せが
その時からあなたの中では永遠に続いていく。

だから忘れないで。
あなたが忘れない限り
“わたしたち”の幸せはずっとずっと
あなたの中で続くのだから。
閉ざされた“箱”の中でも 存在意義を持ち
この先続いていく未来を向いて生きていけるから。
そう あなたが見ていてくれたら
それだけで“わたしたち”は救われるのだ。


だから。
あなたの手に触れた物語を
どうか最後まで見届けてほしい。
そしてずっと覚えていてほしい。


わたしは“箱”を抱いて
今日も願い続けている。

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