ブツ、とわざとらしい機械音が聞こえたその後に聞き慣れた声が続く。時間は相当遅いのにちっとも眠たそうな声ではなかった。アナログの時計は今わたしの背中の方にあって、くるりと視線を動かしたその先にあったデジタルの時計の数字は左からぜろ、に、さん、はち。薄っぺらい携帯を耳に当ててハローハローと声をうわずらせて繰り返した。

「…んだよこんな時間に」

それにハローハローとか馬鹿にしてんのか、とあちらから切り返す。それにわたしはハローハロー阿部さん、こちらあなたの彼女です、と返した。しばらく沈黙が続いて、あー…といつもの調子で困ったように言葉を詰まらせる。流石キャッチャー、人を騙すのに何のモーションも必要ないみたいだ。しかしながら今日のわたしは騙されない。騙されるものか。いまこうしてわたしがはなしているあべはわたしがしるいつものあべではないのだ。けっして。けっして。

「起きてると思ってた」

わたしは電話越しで伝わるはずもないのにそこで全力で笑ってみせた。だめだ、我慢してたのに阿部の声と様子確認したら我慢出来なくなってきた。あーあーあー、わたしは辛いよ阿部。

「ハロー、ハロー」
「ああだからなんだよ」
「…ハローハ、ロー」
「電話切んぞ」
「……阿部の、ばかっ」

あんたは辛くないの、わたしはこんなに辛いよ。阿部が泣かないのを見てるともっと辛い。小さく嗚咽を漏らしたわたしにやっと電話の向こう側は状況が掴めたようで、慌ててな、何泣いてんだよ、と前のめりな声で尋ねた。じゃあどうして阿部はこんな時間まで起きてるの、ねえ、じゃあどうしていつもなら電話に出るのにかなり時間がかかるのに今日はあんなにすぐに出たの、ねえ。答えはわかってるんでしょう。悲しい悲しい、辛い辛い敗北を味わったのはわたしではない、阿部自身なのに。

「阿部が泣かない、から」

向こうは相当焦っているらしく、電話の向こうからは笑えるくらいに言葉になりきらない声が聞こえてくる。だけど笑えるはずもなくて、何が溶けているのかもわからないような涙が次々と落ちて行く。阿部が泣いてたら励ましてあげようと思ってたのに、どうして泣かないの。強がり。どうしてわたしが泣いてるの。弱虫。

「今日は阿部の分も悔し泣きしといてあげるから」

だから、今度はちゃんと勝って泣きなよ、その時はわたしも一緒に泣いてあげる。気まずくはない沈黙がさらりとわたしと阿部との隔たりを撫でて行って、ごほ、と咳が聞こえた。わかった。短い返事だった。だけどそれでもよかった。

「もう寝れそう?」
「ああ」
「じゃあさっさと寝てさ」
「今日の練習からまた頑張れってか」

ぶっきらぼうに吐き捨てられたわかってるよという言葉の頼もしさはその覇気に反して大きくて、いつの間にか止まった涙にも気付かずはにかんだわたし。切った直後に届いた句読点のないありがとうおやすみのメールを送ったのは阿部。ハローハロー、こちら視界良好。


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