前髪を真横に切った。わざと水溜まりを踏んで歩く。いつもならくくって行く髪を下ろしてワックスでぐしゃぐしゃにしてスプレーで固めた。それから大きな飾りの付いたピンで前髪を止めた。普段化粧なんてしていないのに店のテスターで化粧をする。お気に入りの服を着て家を出たけれどどうも気に入らなくてそこらの専門店に入って気に入ったものを値段を見ずにレジに持って行った。結局その買った服を着て店を出る。元々着ていた服は全部全部脱いだまま試着室に置いて来た。シックな黒いパンプスもやめて無名ブランドのスニーカーにした。いつもパンプスに合わせていたニーハイもやめてサイケなタイツにして街中を歩く。掛けたことのない伊達眼鏡を掛ける。原色の激しい服の所為か道行く人全員に見らている気がしたがそれも上手くもない口笛を吹いて気付かないふりをした。今日受けるはずの授業のひとつめをすっぽかす。確か好きな教授の授業だったと思う。友達からメールが来る、削除する。電話が来る、拒否する。携帯の電源を切って鞄に投げ入れた。大学の方向とは逆の方へ行く電車に乗って終点まで行って折り返して大学へ向かう。途中で手ぶらの若者に席を譲った。初対面のお婆さんと話に花を咲かせた。明らかに年下の男の子に声を掛けて仲良くなってアドレスを交換する。改札を出る前に乗り越したわけでもないのに定期を精算機に入れる。駅員さんに声を掛けられたところで走って逃げた。そのまま本当ならバスに乗るのに逃げ出したまま走り続ける。道の途中でコンビニに寄って昼間から缶ビールを買った。年齢は聞かれなかった。大学の正門前で缶の半分のビールを飲んでそこに置いて門をくぐって知らない人にまでおはようと声を掛ける。そのまま今日のふたつめの授業に出てノートに落書きして少し寝て、後半の授業はいつもの二倍集中して受けた。お昼は食べない。鞄のポケットに入れてあった違う種類、違う味の飴を二つ同時に口に放り込んで噛み砕く。一度友達とすれ違ったけれど知らないふりをした。今日の授業はふたつだからこれで今日は終わり。歩いていつもと違う門から出る。雨が急に降り出した。傘は鞄に入っているけれどささずにそのまま歩き続ける。カンカンと鳴り響く踏切りの所で初めて足を止める。ここに来るまでにして来た信号無視は三回。ザーザーと降り続く雨の音は電車が通ったときにその音にかき消された。隣りで小さな子供が泣いている。髪が落ちて来て頬に張り付く。踏切りが開いてみんなと一緒に歩いた。全ての角を右折する。気付けばさっきと同じ道にいたので今度は全ての角を左折してみる。歩き続けてある角を左に曲がったところで見たことのある男の子が息を切らせて走って来た。ああ確か一個下の阿部くん。どうしたん、すか、先輩、と阿部くん。どうしたの阿部くんこそ雨の中傘もささずに、とわたし。それは俺の台詞と阿部くんはそのあと言葉を濁らせた。わたしはそこでいつもの三倍ゆっくりと言った。ふられたんだ。阿部くんは狐につままれたような顔をしてわたしをじっと見る。ふられたんすか?そう、ふられたの。あははと高らかに笑ってばっかみたいだよねと叫んで自分の手を見る。化粧と同じくテスターで途中まで赤く塗られた人差し指の爪と完全に黒く塗られた小指の爪を見比べてまたばかばかしくなった。泣けてきた。全部吐き出したい気分になる。阿部くんを見る。息を吸う。吐く。言葉を吐き出す。叫ぶ。やっぱりあの人にいちばんにはなれなかったよわたし。いちばんって遠いなあ遠いなあ、遠いなあ。ボロボロと雨粒と一緒に目からも落ちていった。なんでもいいからいちばんになりたかったよ阿部くん。叫んですぐに咳き込む。雨が強くなる。抱き締められる。それから耳元であんたはいつも俺のいちばんなのによく言いますねと言われた。とりあえず泣き続ける。