先輩、そう言われて見ていたはずの彼をもう一度確認する。少し上目遣いの彼はすいませんと言いながらわたしの背中に手を回した。わたしの腕の上に彼の腕。その靴を履いた彼の背はいつもより高い。ぎゅうと近付けられて感じる彼のにおい。彼の腕に閉じ込められて少し経ってからわたしは彼の名前を呼んだ。一瞬びくりと反応した体は強張って、先ほどより力が入る。少し痛いくらいに抱きしめられたわたしの体はしあわせな悲鳴を上げる。
「ねえ、先輩」
「んー?」
顔を見ることは出来ないので精一杯彼の背中を掴んだ。力ない彼の声はあまり響かない。わたしだけに聞こえる。
「どうやったらこれ以上先輩と近くなれるんすかね」
親には学生らしい付き合いをしろと言われた。学生らしいって何なんだ。どこまでが許される?手を繋ぐ、キスをする、抱きしめる、それ以上?こんなにもこんなにも近付きたいのに、どうしてその邪魔をするんだ。子どもはいつだって大人の言い付けを聞かされる。守るかどうかは別にして、少なくともそれが正しいのだと言い聞かされる。そしてそれを守らないとき、子どもの胸には小さな罪悪感。それを望む子どもなんていない。わたしだって、彼だって。大人にはわたしたちの気持ちなんかわからない。こんなに近くに居たって、もっともっと近付きたい。ただ、それだけなのに。
「わからない」
「先輩も?」
頷く代わりに腕に力を込める。彼の力も少しだけ強くなった。どうしたら近くなれるんだろう。抱きしめ合ってわたしたちはその近さに酔っているのかもしれない。ただ言えるのは漠然とした感覚で、彼とならその答えもいつか見つけられるんじゃないかという錯覚にも似た確信だった。