どうして今日なんだ。どうして、どうして、今日じゃなきゃいけなかったんだ。よりによって今日とは。なんで、今日に限って。弟が熱出すとか自転車の鍵なくすとかいつもの道が工事中で回り道しかないとか、まあそんな感じで。オレを邪魔するものばっかり増えている。それは目に付くからだけじゃなくて、ただオレがついてないことの証明でしかなかった。笑えない。全く、笑えない。ひたすらに走って、あの通りのバス停まで。自分の鈍重さに腹が立つ。あんなに走り込んでるのに、こうやって必要なときにそれが発揮されないのなら、本当にやっている意味なんてあるのかと自問自答したくなる。走れ、走れ、走れ。とにかく、一秒でも速く。
「あ、阿部」
「さか、え、ぐちっ」
あいつは?と途切れ途切れに聞けば栄口は悲しそうに目を閉じた。あいつ。中学が同じだった、共通の女友達。そいつが今日で遠くに引っ越すとかで(場所は秘密なんだそうだ)その見送りに、来てたはずだった。
「あいつ」
「泣いてたよ」
辛辣なことばが刺さる。オレだって、遅れたくて遅れたんじゃない。ただ、遅れちゃいけなかったんだ。不意に出そうになる涙を荒い息と一緒に飲み込んだ。オレが泣いてどうする。
「情け、ねえ」
「ばかって言ってた、ばかや、って」
栄口の口調はどこか空気にそぐわない感じを漂わせている。なに、隠してる?
「お疲れさま、阿部」
ただ、もうひとっ走りだね。そう言って栄口はオレに小さな紙切れを一枚渡した。これ、阿部が走ってきたら渡してってあいつに言われたんだ。正直、走ってこなかったらどうしようかと思ったよ。とため息をついた栄口には目も暮れず、オレは慌ててその紙切れのあいつの字を追う。それから、また走り出す。きっと大丈夫。今のオレならどこまでだって走っていける。