水谷がリアルに恋をした。俺、好きな奴出来たかもしんねー、とぶっちゃけた後の俺らは酷かった。士気は下がりまくるし下がるのを通り越して苛立つし、水谷は心ここに在らずでミスの連続、阿部なんかは三橋に八つ当たりする始末で、本当にあれは今までで一番中身のない練習だったんじゃないか。

「と、言うわけで」

練習後に緊急ミーティング。言い出したのは花井とあの水谷だった。誰も文句を言うわけがなくて、自然と輪になって座る。どうする?まず口を開いたのは田島だった。その一言を引き金にそれぞれが口々に思っていることを話し出す。勿論収拾が付かなくなってばしんと花井の一喝があった。流石キャプテン。しんと静まり返った中、再び口を開いたのは田島で、その発言は解決策云々よりもただの興味でしかなかった。

「水谷はどうなんだよ」

練習出来なくなるくらいそいつのこと好きなのか?野球より?俺そんな経験ねーからわかんねーや!にこりと満足そうに笑みを浮かべて、だよな三橋!と同意を求める。三橋も三橋で俺、も…ないっ、から、わかんな、い!と何度も頷いた。そうか、こいつらは一筋縄じゃどうにもならない野球中毒だった。まず俺たちはこうして話し合って何を解決しようとしているのかがわからなくなってきた。何をどう解決したいのか、出来るのか。水谷が恋をして、そのことが原因で練習に集中出来なくなった。それで、どうする?水谷が恋をするのは自由で俺たちのために諦めさせるなんてことはしない。まず俺たちに欠けているのは多分知識と理解だ。まず恋するってどーなんの?田島が核心を突く。みんなで水谷の状況を知ることが多分一番の近道。

「栄口もわかんねーよなー?」

さっきから話しているのは田島ばっかりで、事態がそれだけ深刻であることを物語っていた。そんな中でいきなり俺は話を振られたわけで、少し慌てる。

「えっ」
「俺経験ねーからわかんねー」
「今もいるけど、一応」
「何がだよ?」
「…彼女」

えええっと大きな声が上がって、みんなが一斉に俺を見る。そ、そんなに意外だった…?それはそれで複雑だよなあ、とゴチりつつも痛いくらいに刺さる視線と言葉が落ち込ませてもくれなかった。お前抜けがけかよ!だとか誰だ!とか可愛い?とか少しずつずれていく趣旨には目もくれずみんなで俺を一斉に攻撃する。もう水谷なんてお構いなしだ。

「あれ」

じりじりと詰め寄られていよいよ逃げられないといった状況の時になって俺が声を上げた。あと視線も。ぐるんと音がしそうなほど勢いよくみんなが首を回して俺の視線の先を見る。

「栄口くん」
「どうしたの?」
「待っててみました」
「…一緒に帰る?」

うんっと大きく笑った彼女こそ先程から話題の中心の俺の彼女で、こいつか!とほぼ全員が口を揃えて言った。ぽかんと俺たち野球部を見るその目はきっと一般的な第三者の目で、こんな時間に何をやっているんだと目が言っている。

「栄口は帰れ」

凛とした声でその場を再び制止したのは我らがキャプテン花井で、もう一応練習は終わってんだしいいぞ、って。…花井!一斉に湧き上がったブーイングの嵐におろおろし始めた彼女の名前を一度呼んで、ありがとう花井、と軽く手を振った。立ち上がって野球部から距離を取ろうと彼女の背中を押す。やっと少し離れたところでこそっと耳打ちした。水谷が恋したんだってさ。ほんと!と少し声の調子を上げて俺に向き直って女子は女子特有の楽しみがあるんだろう、いつもとは違うにやけにも近い笑顔を浮かべた。

「水谷くん」

いきなり彼女は少し小さくなった野球部の輪に向かって叫び、びくりと肩を振るわせて立ち上がったのはその言葉にあった水谷本人だった。

「女の子は押し引きに弱いよ!」

だからその、がんばって!ぐっと拳を握って笑う。ああやばい。今のでみんな惚れたんじゃないのか。早くなった心臓に意識を集中させて熱くなった頬に冷たい手を当てる。その場は静まり返っていた。えっと、あー…その、あんまり見ないで欲しいんだけど。たまりかねて俺がその小さな手を引いたとき、俺にとっては今更過ぎてイライラすることだったけど水谷がありがとう頑張るよ俺!と叫んだ。その後に続いたのは何故か阿部で、要するに栄口は押し引きで落としたってわけか、と冷静に頷いている。ちょっ、それは!俺が言い返す間もなく次々とメンバーが茶化し始めた。本当に収拾がつかない。はあとため息を吐いたところで水谷くん上手くいけばいいね!と呑気に俺の手を引いて歩きだしたのは彼女の方で、少し引きずられる形になった。そんな俺たちを、また話聞かせろよなー!とか高く鳴った口笛が追い越して行く。なんだかんだでそれ以上の野暮なことはしないのがあいつらの良いところで、みんな楽しそうだねと大きく彼女が笑ったので今日はそれでよし。明日以降のことは明日考えるとして、後ろの方で聞こえる水谷への告白コールに少し笑いながら暗さに乗じ、どさくさにまぎれて指の間を結んだ。


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