人の波をかき分けかき分け、わたしは息が詰まるのも忘れてただその腹が立つくらいに大きい背中を追いかけた。人の波はきちんと言えば大きな輪を描いていて、その真ん中には二人の男が横たわっている。血は出ている、だけど死んでいない。一部人の輪の途切れた所の先、そこにわたしの探す人は居る。

「刀を抜け!」

はっと息を吐いてはだけた着物も無視してその男に叫ぶ。ざわざわと人は動いて、声が聞こえた。小さいけれど嫌と言うほど聞こえる。罵声とも違う、けれど歓声とも違う小さな小さな声。

(あの男は)(この一体で一番の)(最強と歌われた剣豪だろう)(敵うものか)(あの)(山本武に)

ぴくりと震えた背中はゆっくりと振り返って、この寒空にはきっと辛い薄い浅葱色の着物の裾を風に揺らした。頬に斬られた古傷の残る顔をわたしに向けて、一度大きく笑顔になってみせる。そしてこう言った。お前のような女が俺に何のようだと。刀の鞘を握っているのは左手で、柄を持っているのは右手。わたしはこの愛刀を、抜こうと思えば抜けるのだ。けれどそれは出来なかった。当の山本と言えば悠々とそこに在って少し高い目線でわたしを見る。なんなんだ、なんなんだ。こいつはいつもわたしのいる場所の一段上にいて、じっと何も言わずに辺りを見回してへらりと笑う。

「刀を、抜け!」
「俺に敵うと思ってか?」

ちゃきと冷たい金属音が響いて、目の前を一瞬すうっと銀の線が通った。そしてそれを理解する前に、ぱんと何かが弾ける前に、鋭い衝撃が全身を刺す。…あ、れ。

「お前はどうも気に入った」

全部全部聞こえたし見えた。山本は刀を抜いてその刃をわたしの目の前に滑らせてまた、その峰でわたしの体を打った。どうしてどうして、どうしてだ。お前はいつもその刀の使い方を誤る。ずきずきと身体のあちこちが痛み始めてやっと飛ばされたと気付く。肝心なのは自分ではなく山本だった。自分のことなんて顧みずにただ目の前の男のことを考えるので一杯だった。

「また来いな」

ざりと草履が砂地をこする音がして山本が離れていく。きっと今あいつは笑っている。ちくしょう、どうしてお前の刀はそんなにやさしいんだ。


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