「わたしたちはいつまで『破壊者』でいられるんだろうね」

身体はボロボロで、動かす度にきしきしと音が鳴る、といった比喩が既に比喩でなくなるほどに痛んでいた。精神だって発狂したくなるほど脆弱で不安定な状態で、見えない傷から見えない血が流れ出ている。そんな状態でわたしはそう問い掛けた。不利な状況は変わらない。薄暗い廃屋の陰で敵襲を凌ぎ始めて早二時間、こうしている間にも世界は破壊されていっているというのにわたしたち「破壊者」も、壊されまいと逃げている。わたしたちが「破壊者」となったのは運命か、それとも。不運と思うか幸運と思うかは人それぞれだと思う、けれどわたしのまわりのひとは誰一人嘆きはしなかったが、喜びもしなかった。破壊者であるということは、救済者であるとともに、勇者となり悪魔となり崇め恐れられる。そして「人」の枠なんて簡単に追い出されてしまうのだ。それからわたしたちが収まるのは「破壊者」の枠。わたしたちが「破壊者」で在るということは傷の舐め合いであって、「破壊者」で在るということだけがわたしたちをこの世に繋いでいるのだと、そう思い始めたのは随分と昔のことで、それを受け入れられないほど小さくもなかった。

「貴女はずっと『破壊者』で在りたいと?」

鈍い色の垂れた白髪をすこし揺らして君はわたしにそう言った。愚問だよ。じゃあ考えてみよう、わたしたちは「破壊者」であり最早「人」ではない。そんな中で破壊者の枠が取り払われてしまったら?四方八方に散るのもいいかもしれない、でもやっぱりわたしたちは、わたしたちが命をかけて守り抜いた「人」には帰れない。「破壊者」であることは、わたしたちが散らないための鎖であって、きっとそれがなくなってしまったなら、今こうやってこんなに近くに居るわたしと君だってもう側にはいない。わたしはこの闘いの終焉を望んではいるけれど、決して鎖を、「破壊者」で在ることを捨てたいのではない。気付けば君がわたしの隣りに居ることは当たり前になっていて、いつしかその日常がなくなることが怖くなった。この闘いが終わったとき、そのときわたしと君の心臓が動いているかはわからない。だけどせめて命在るうちは隣りに居たいとそう願った。そのためにわたしが「破壊者」でいることが最善だと思った。何の感情も生まれなかったけれどそう在りたいと思ったのだからそれでいい。傷の舐め合いをすることは愚かなことではない。「人」ではないヒトが集まって、涙を流すことも笑うこともキスすることも、どれも「人」と同じ営みをそれ以外の者と行うことは、決して強がりなんかではない。

「ずっと君と居られるのならそれでも」

見える傷からも見えない傷からも血が流れていくけれど、生憎わたしはそんな傷を塞ぐ術を持っていない。わたしにとって「破壊者」でなくなることはデメリットしか生じさせない。わたしたちは何の為に、誰の為に壊してるんだろうね。嗚呼それさえもわからなくなってしまった今、わたしも君も本能で闘っているのに違いない。いつか君が感じたように、敵を欲しそれを壊すことを、心の何処かで感じている。「破壊者」で在り続けることを。

「そうですね」

もう何を助けたいのかわからなくなってしまうのも時間の問題だ。そのときにわたしは答えを探すだろう。探して導き出す答えはきっとろくなものではないに決まっている。その答えはわたしでも、ましてや君でも世界でも人間でもないはずだ。そこにあるのはきっと自尊心の類のもので、本能にだって直結する。わたしは勇者でありたいわけではないし、決して人のために使う命を授かって生まれて来たのではない。いっそ楽に死んでしまって世界から解放されたいと考えたこともあるし、寂しいと、怖いと、泣いたこともある。やはり自分の死を肯定的に見ることも、出来ない。勿論、自分以外の人の死も然りだ。けれど自分以外の人の中には「人」と「破壊者」がいて、わたしにとっての重さが全く違う。「人」はわたしが守ろうとしているもので、わたしを恐れ讃えるもの、そして何よりわたしを「人」の枠から追い出したものだ。「破壊者」はわたしの数少ない仲間であり、同じ枠にいる苦しみや悲しみを知ったもの。重さが違う。いつからかわたしはその違いを知って考え方が少し変わった。わたしは大勢の軽い人間というものを守るためにどうして重い仲間達を犠牲にしてまで戦っているんだろう。おかしい。だからわたしは持った考え方を貫こうと思った。君みたいにみんな守るだなんて、わたしも人も敵もみんな守るだなんて、口が裂けても言えない。

「わたしは君みたいには出来ないから」

もう敵襲はすぐそこに迫っている。こんな不利な状況下だってわたしたち「破壊者」は戦わなければならない。逃げることは許されない。理由は多分、わたしたち「破壊者」は戦う術を持っていて、「人」は戦う術を持っていないから。

「人を犠牲にしてでも君を守るよ」

軽いものを踏み台にしてだって大切な君を守ろうと思ったんだ。両手に抱えきれないほどの守るものを持つより、たくさんの命を救うより、君一人を守ることを優先する。わたしは君を守る為に死なないから、君は君の大切なものを守る為に、死なないで。君の揺らいだ目は意志の色が強かった。僕だって君を守りますよ、この命に変えても。そう言い切った君は、どうしてそんなに格好いいんだろうね、わたしは自分の命をかけることは出来ないけれど君はかけると言った。その差がいつかきっとわたしと君を別々にしてしまうんだろうね。片方が生きて片方が死ぬのか、それとも両方生きるか両方死ぬか。どっちみち同じ枠の中での違う道を辿るだけなのだから、守ろうと思えば守れる。わたしたちの目の前には敵。これを倒さなければ守るも守られるもないというのだ。お前なんか目じゃないよ。お前も人も、わたしにとっては踏み台でしかないのだから。君を脅かす敵を退ける力は「破壊者」で在り続けることでしか持ち続けられないのなら、踏み台に足を力をつけることをゆるされないのならわたしは「破壊者」でいい。

「君を守るためにわたしは『破壊者』で在り続けることを望む」


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