真っ黒なドレスに真っ赤なコサージュ、高いヒールを打ち鳴らして暗い路地裏を歩く。踵を打ち付ければ高いレンガの壁に音が反射して広がった。古くからの英国の雰囲気を纏ったこの路地裏は、流行に踊らされるわたしの五感を狂わせる。
「お久しぶりですわね、伯爵」
狙ったとしか考えられない時間、場所、そこに現れた伯爵という人。相変わらず食えない方だこと。わたしと背丈の変わらない伯爵はにこりと愛想笑いを浮かべてパーティの帰りかい?と口を開く。いいえ、今夜は仕事上のとある紳士の元へ。ひらりとドレスの裾を持ち上げて口角を上げた。ああ、そうか。伯爵はそう言って息を吐いて私の漆黒のドレスを眺める。
「このドレス、すごく気に入っておりますのよ」
その場で大きくドレスを翻してみせた。ウェーブのかかった長い髪が遅れてついて来て、ぱっと首筋を叩く。伯爵は大きな眼帯の下のこちらからは見えない目でわたしを見るように、左目を閉じて再び微笑を浮かべて被っていた帽子を脱いだ。彼こそが悪の貴族ファントムハイヴ家の当主、それとなく漂う気品と威圧感がそれを物語る。目は閉じられても尚止まることなく光り続け、どこにいても嗅ぎ付けられそうな錯覚を覚える程でもうひとつの呼び名、女王の番犬の単語を思い出した。やはり恐ろしい。しかしそれでも惹かれてやまない。
「当たり前だろう」
そのドレスも君自身も、そう仕立ててやったのはそう、他でもない僕だろう?にたりといつになく口の端を持ち上げてわたしに詰め寄る。ああ、そうでしたわね伯爵。お陰で今は一人前のレディですわ。近付いてその口に半ば強引に口付けて舌で唇を絡め取った。唇を離しても伯爵もわたしも息ひとつ乱さず、ただ何もなかったかのようにゆっくり歩き出す。
「いつか僕の相手も頼もうか」
「ええ、いつでも」
わたしが歩き出せばヒールが高く鳴ってまたレンガの壁に吸われずに響く。いつでもお待ちしておりますわ、だってわたしを娼婦に為らせたのは紛れもなくファントムハイヴ伯爵、貴方なんですもの。そしてわたしを完成へと導くのもそれを仕上げるのも貴方以外にはいないんですのよ。女に為ったわたしが心から愛していいのは、伯爵、貴方だけなんですの。それでは、いい夜を。