明日が発表会なんだと彼女は言った。発表会、その単語を口にするだけでも緊張するようで、口角がどうもぎこちない。
「栄口くん」
「ん?」
一階のピアノのある教室の窓から身を乗り出してオレの名前を呼ぶ。そんなに近くにいたわけじゃないのに、なんだか寂しかったみたいでクラスメートのオレの姿を見つけてごめん、ちょっとだけ来てと言った。断る理由もなくて駆け寄ったら緊張した顔付きで明日のことを話してくれた。
「どうしよう間違えたら」
そわそわと体を上下に動かしながらすがるような声で、だった。そんなの。
「大丈夫だよ」
「な、なんで」
あ、遠くで花井が呼んでる。もう行かなきゃ。壁にもたれていたオレは体を壁から離して一歩だけ彼女に近付いた。ぱち、と一度大きくまばたきをした彼女は少し怯えているようにも見える。別に、そんなびびらなくてもいいのに。
「ずっと前から聞いてたから」
もう一度まばたきをして、それから少しずつ赤くなっていく彼女を見ながらそれじゃあ花井が呼んでるからそろそろ行くね、明日がんばって。そう言ってオレは彼女から目を離した。ぱらぱらと彼女の後ろで楽譜が飛んで、しばらくしてから彼女が慌てたようにそれを拾いにいく音が聞こえた。