水族館は青くて、ひとが、さかなが、いきものが多かった。むくろはわたしの手首をずっと握って前をあるく。おとなもこどもも関係なくかきわけてひたすらどこかもわからない所へ直線距離であるく。意味のわからない音楽と、不気味にひかるライトと、ストレスを誘うこどもの無駄な騒ぎ方が五感にふれて鬱陶しい。やめろ。やめろやめろやめろやめろやめろ。何も知らないくせにうるさいんだ。あるけばあるく程にイライラはつのって体は重たくなっていく。だるい。しんどい。キモチワルイ、

「っげ、う」

ぱしんとむくろの手をはじいてさいわい近くにあったトイレにかけこむ。その汚いものはどろどろとわたしの口から吐き出されて、水といっしょに流されていった。ぜんぶぜんぶ出してしまって胃の中はからっぽになった。それでもまだ出し足りない。それはストレスとかきっとそういうものだと思う。白い陶器のそれから顔をはなし、背後に感じた気配をにらむ。きっとそいつはわたしの様子をみて笑っていた。耳障り、目障りな世界にはいきものがきもちわるいくらいに溢れていて、とてもわたしが生きていけるような場所ではない。いつもこうやって拒絶反応が。

「やっぱりだめですか」

このトイレが男女どちらのものとかそういうことは考えることではない、問題ではない。わたしはそいつの顔を見ることはなく、ただ体の隅々から集まるフラストレーションに身をゆだねてふたたび吐き出す。からっぽの胃からは液体しか出て来なかったけれど、吐き出すときに思い出したのは真っ青な水槽、優雅におよぐさかな、騒ぐこども、よどんだ空気。すべてがわたしを見ている。ぜんぶ、ぜんぶ。慣れないものばかりでいやになる。わたしの日常にいるいきものはわたしとむくろとちっぽけな虫たちだけだ。虫はいい。あんなに弱いくせに何の仕切りもなくわたしに近付いてくる。殺せと叫んでいるようにすら見える。その分さかなはいつだってガラスの向こう側にいるし、にんげんは自分を守る檻にいる。わたしはいきものでありながら一般のいきもの、特ににんげんとは逆の場所に存在していた。だから一般のいきものは敵だと認識したし、疎ましかった。みんな、わたしもむくろもちっぽけな虫もおよぐさかなも、にんげんも、みんな、いなくなってしまえばいい。「君が望んだ世界なんでしょう?」むくろは堂々とわたしにそう言った。誰がそんなこと言ったんだ。わたしが望むのはいきもののいない世界。いきものと隔離されることではない、わたしもむくろもいない世界を望んでいるというのに。ああもう忌々しい。こうして水族館に連れ出したのだったむくろ、いきものと隔離された世界にわたしを閉じ込めたのだってむくろでしょう?


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