耳がいいひとってうらやましいなって思ってた。世の中には絶対音感なんていうわたしには全くわからない世界を持った奴がいるらしいけど、わたしが言ってんのはそういう耳のよさじゃなくて聖徳太子みたいな耳のよさ。十人とかそんな贅沢なことは言わないからせめて二人のはなしを同時に聞けるようになりたい。女の子とはなししながら、すぐそばではなす男の子のはなしも聞きたいなって思って。
「それって別に無理に同時である必要はねーんじゃねえの」
「いやそれがそうでもなくて」
呆れた顔をして腕を組んで、わたしの横から阿部は言ってきた。昼休みという貴重な時間は限られていて、どうしても女の子と男の子が同時に話してるタイミングがあるんですよ。それをわたしは両方その場で聞きたいんですよ。わかる?
「わかんねーよ」
「あーそうですかー」
そんなタイミングで話しかけてきたのはよくしゃべる女の子で、わたしはその対応に追われた。わたし、阿部とはなしてたんだけどなあ。こういうときに二人のはなしを同時に聞けたらすごく便利なのに。ああでもそれに返事出来なかったら会話にならないか。それでも。
「ねえ阿部」
「ん」
「何か話してよ、練習する」
めんどくせ、と副音声で聞こえてきそうな表情でわかったと言った阿部は、ふうと一息をついた。女の子にわたしはごめんね、と視線を送って、頷いて再び話し出した女の子にわたしは耳をかたむける。次の授業って化学だよね、あの授業って眠いよねー。もう何言ってるか全然わかんないし、ほんとどうしよう。よかったらテスト前とか教えてね。こんな風に話し続ける女の子にわたしは軽く相づちをうちながら、今度は阿部の声もすくってみた。
えっと、いま、何て?
「ちょ、阿部っ」
気付けばわたしの耳には目の前の女の子の声は届いていなくて、もう練習とかそんなのは関係なかった。不敵な笑みを浮かべる阿部自身も頬は赤みがさしていて、何故か勢いよくその場に立ち上がった。
「じゃ、待ってるから」
思い浮かべた手帳。あ、予定は入ってない。奇妙な足取りで教室を出て行った阿部を見る。阿部さん阿部さん、お昼休みはもうすぐ終わりですよ。
(よかったらこんどのにちようにあそびにいきませんか)