もうそろそろ深夜と言っても過言ではない時間。ヘッドホンをしているためにどんな音楽を聞いているのかはわからないけれど、時間に関係なく大声と大きな動作付きでマンガを描いていく先生。最初はいらいらして仕方なかった。今ではもう慣れたしむしろ、うん。がたんと椅子を引いて今日はこれで失礼しますと帰って行ったのがもうひとりのアシスタント。ドアの閉まる音に気付いた先生が前を向いたままヘッドホンをはずし、お疲れさまですーと声を出した。いまはわたしと先生、ふたりだけ。にわかに心臓が跳ねる。

「せ、先生」
「何ですー?」

今度はこちらを向く。相変わらずの姿勢だけど目が合うだけでもうおかしくなりそう。アシスタントとしてどうかとは思う。だけど止まらないものは止まらない。先生が首を傾げる。ああもう心臓うるさい。

「この1枚だけ仕上げちゃいますね」
「お願いし、…あ」

先生の返事を聞く前に机に向かったわたしは先生のことばにえ?と言いながらもう一度顔を上げた。そして今度は息を飲んだ。

「せせ、先生っ」
「はい」
「ち…近い、です」

至近距離に先生。インクの香りがする。もうすぐで鼻の頭がぶつかってしまうんじゃないかというくらいの近さで、わたしの心臓は驚きすぎてもう動いているのかもわからない。近い、近い近い近い!先生の吐く息でゆっくりとわたしの髪が揺れて、わたしはやっと自分の顔の熱を知覚する。

「前髪にトーンついてますよ?」
「っ…!」
「どうしました?」

するすると髪を引っ張ったと思ったらその先についていたトーンの切れ端を取ってくれたらしかった。真っ赤な顔を見られたくなくて顔を背けると、くるりと回ってその顔をのぞき込まれた。お、お願いだから見ないで…!

「綺麗な髪です」
「そ、そんなことないです」
「僕は好きです」

また顔に熱が上がる。顔を手で覆ったわたしの顔をまた先生がのぞき込む。気付いて下さいあなたの所為です、先生。思ったそばからさらりと髪を触られた。ああもうあなた確信犯ですか。


20101121


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