ぶくぶくぶ。ざぶん。ひとの動作を音に変えたお湯を感じながら、くもった扉に背中をあずけて脱ぎ散らかされた服を立たんでみる。大きくはないお風呂。一度もたれかかって、次に体育座り、背中を丸める。

「どないしたんやー」

くぐもった声、無駄にエコーがかかったような声。やさしい、声。いま、きっと目を細めて笑ってる。ちょっと呆れた風に、笑ってる。それがわかるだけでどうしようもなく愛しくて、なにかが壊れてしまいそうになる。リビングでつけたままにしてきたテレビから笑い声が聞こえた。また細胞が縮まるのを感じる。うん、ほんとはちょっと、寂しかっただけ。言わないけど。

「なんにもないよ」

ちゃぽん、ちゃぽん。水滴。わたしの内側、細胞のなか。

「そうか」

なんだか、世界にひとりぼっちのような感じがしたんだよ。さっき一緒に見た映画の所為だったらごめんなさい。少し前まで隣にいた体温がお湯のなかに溶けて温度に飲み込まれて、わからなくなってしまって、わたし、迷子になってしまった。それで、ドアごしの距離に、湯気の向こうに愛しさを求めてしまった。ただそれだけ。

「大丈夫やから一分待っとき、すぐ出るから」
「うん」
「そしたらめいっぱいぎゅーしたる」

がらがら、ばたん。洗面所を出たところでまた体育座り。背中を丸めて丸めて、自分の左右の指をぎゅうと絡める。またその動きを聞いては心臓をふやかしてみた。愛しいなあ。甘く荒く拭かれた金の髪は水を滴らせているんだろうなあ、細くて長い指がそこを通ってきれいなんだろうなあ。早く後ろの扉が開くといいな、一分は、短いようで長いよ。ひんやり床から上がる冷たさがもうすぐ、わたしを包み込む。

「あーあ、もうなんでこないにちっちゃなってんねん」
「ごめん」
「ほら、そないな顔せんでええから」

ああ、空気が温かくなる。床からの冷たさなんて簡単に押し返してしまった。もうこのまま、体温から大小のちぐはぐな二人分のからだからなにから、溶け合ってはんぶんこになってしまえばいい。

「おいで」



20110108


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