「俺が鍋奉行やる!」
「あーはいはい、よろしくお願いします鍋奉行さん、おいしく作ってね」

二人で入っていたこたつから出てあらかじめざくざくと切ってあった野菜の入ったボール、お玉を取りに行く。コンロがなかったから電磁調理器をこたつの真ん中に置いて少し大きめのお鍋をその上に。ピッピー。水を注いだらそこからは全ての権限を鍋奉行どのに奪われた。だからわたしはその間に洗濯物なんかを取り込んでばたばたしていた。鍋と言っても、料理を任せてしまうのはどうかとは思う。でも料理すらそつなくこなしてしまうんだから仕方ない。それにわたしが作るのより悔しいけどおいしいし。でーきーたーでー。リビングから間延びした声が聞こえたので引き出しをお尻で閉めてぱたぱたと小走りで行く。おお、出来てる出来てる。

「さすがですね鍋奉行さん」
「あほか、俺を誰や思てんねん」

言いながら具を小皿に取り分けて、感謝して食べやとえらそうに笑った彼にふざけて有り難き幸せ!と大河ドラマで聞いたセリフを頭を下げながら言えば、くるしゅうないくるしゅうないと手を扇子代わりに扇いで応戦された。二人でくすくす笑って同じタイミングでお箸を持つ。ハイ、いただきます。湯気の立つ小皿を持ってはふはふと口に運ぶ。あ、おいしい。こたつを出ていろいろ動いて少し冷たくなったからだにじんわり染みていく温かさ。思わずしあわせなため息を吐く。おいしい。

それからもふざけながら食べ進めていたけれど、ふと気付いてしまったことがあった。鍋奉行どのの小皿とわたしの小皿の中身の決定的な違い。

「ねえねえ鍋奉行さん」
「なんやねん今更俺の味に文句つけようって言うー…ん、か…」

ぽしゃんとその小皿に落としてみたとある野菜。それは、わたしの小皿には入っているが、鍋奉行どのの小皿には一度も入っていなかったオレンジの鮮やかな野菜、にんじん。それを見て絶句したのに気付いて、疑惑が確信に変わる。ああ、にんじん、キライなんだ。

「食べないの?」

必死で具を取り分けていた理由もこれでわかった。プライドがあるから、キライなのはばれたくない、でも、食べたくはない。だから自然を装ってわたしにばかりにんじんを食べさせていたのだ。何も知らずに二人分と思って切ったにんじんは全部わたしの小皿に入れられていた。どうりでにんじんがいつまで経ってもなくならないはずだ。わなわなと体を震わせてじと目でこちらを見られる。でも、許すわけにはいきません、好き嫌い。

「食べなさい」
「…なんでこんなん食わなあかんねんおいしないねん」
「ふーん」

言いながら鮮やかなそれを次々と放り込む。見る見るうちにオレンジ色になっていく小皿、対照的に青くなっていく鍋奉行。そんなに嫌いだったのか。普段の勢いはどこへ行った。あまりの可笑しさにくくっと笑い出してしまったわたしをきっと睨んでは肩を落とすその姿は、今までに見たどの姿よりも弱っていたかもしれない。どうしたら食べてくれるだろうか、…ご褒美で釣ってみる?

「それ食べたらこのあとコンビニ行って、好きなもの買ったげる」
「そんなん自分で買うわ」
「…みんなに言いつけちゃうぞ」

さっきと違ってうっと詰まったのを見て小さくガッツポーズ。そこからのわたしの行動は早かった。自分の携帯を開いてひよ里ちゃんをはじめとする見慣れた名前をメールの宛先にずらずらと並べて、件名には「重大ニュース!」、本文には「にんじん嫌いの鍋奉行さんです。どうぞ好きなだけ馬鹿にしてあげて下さい。」、そして手際よくカメラを起動。ちゃらりんと浮いた音を鳴らして、にんじんがてんこ盛りの小皿と青くなった鍋奉行を映す。よし完成。よく見えるように文字を大きくして携帯を見せる。これでどうだ。

「な、なんで食わなあか」
「はい送信しまーす」
「それはあかん!た、食べ、る、から、それだけはやめてくれ…」

お箸を持って、崩していた足を正座に変えて背筋を伸ばしたのでこちらも黙ってじいっと見つめてみる。嫌そうに歪んだ顔、お箸を持つその指からも抵抗が伝わってくる。にんじんをつまんで、口を開けて、一口でダイブ!ぎゅうと瞑られた目、もぐもぐと無駄に大きく口を動かして、ごくん。おおっ、と思わず声を出したわたしに向けられた目には本当にうっすらと涙が見えて、本気さがうかがえた。小皿に残ったにんじんも全て口に放り込んだ彼はにっと笑って見せた。これは、本当にえらいぞ。わしゃわしゃと金髪を撫でれば少し恥ずかしそうに照れた。好き嫌いという子どもっぽさの所為もあってか、いつもにはない幼いかわいさがあって不覚にもときめく。うう。

「今日の平子はいつもよりかわいいね」

わたしの言葉の真意に気付いたのか、次の瞬間には少し潤んだ目に捕まえられて、ぱくりとキスで意識を絡め取られる。子どもの次は、なんて大人な。お口直しや、ごちそうさま。少し背伸びをしたようなセリフがまたなんだか可笑しくて小さく笑う。次に彼はにんじんをわたしの小皿に入れたので、それをとてもおいしそうに食べてやった。

「今度にんじんのケーキ作ろっか」
「うお、おおお、もう何でも食ったるわ!」

20101223


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