(某襲撃事件パロ)

冷たい夜風が顔を直接叩く。熱いくらいのお湯と、ひやりと刺さるような風、それから散っていく葉。見える向こう側は真っ暗で、それは少し手を伸ばせば全く知らない世界にいけるのではないだろうかなんて思わせるような闇。だが実際そんなことはない。ここは使い慣れた屋敷の風呂で、日付が変わってしばらく経ったという今の時間がそう感じさせていただけ。束ねて上げた髪がくずれないように整える。こぼれた髪はお湯に浸かって少しくるりと丸まった。はー、気持ちいい。ちゃぽん、口元までお湯に潜らせる。ぶくぶくぶ。

「?」

キラリと外が光ったような気がしてゆっくりお湯から顔を出す、そして外へ目をやる。がさり、何かが動いた。外にある明かりはもう月明かりだけで、なにも光る要素など外にはない。彼の、追っ手か。音を立てないように湯船から出て、なんとか一枚そばにあった着物を羽織る。歩けば冷たい空気がからだに張り付いてわたしの体温を奪っていく。それ以上の寒さを感じるのはきっと、さっき見た刀の所為。だれかを切りたくて疼いているような、本能をむき出しにしたような刃だった。濡れた髪が顔につくのも構わずに階段を駆け上がり、その部屋の障子を礼儀もなにもなく乱暴にぴしゃんと開ける。よかった、居た。

「平子さん!」
「なんやねんその格好、無料サービス?せやったら俺いくらでも受けるで」

着崩した着物が腹立たしいくらいに似合っている彼は敷いた布団のうえにだらんと座っていた。こんな状況でものんびり冗談を言える彼に少しかちんとも来たが、それよりも安心材料として作用してくれた。お風呂の熱と、空気の冷たさと、焦りなどでぐちゃぐちゃな頭の中身が中和されていく。冷静さが足元から帰ってくる。

「追っ手が」
「…ナンギなやっちゃなァ」
「はやく、逃げて…!」

今更上がってきた息に呼吸が乱れる。大きな音が複数近付いてきて、あーあ、と彼が悠長に立ち上がったときには、さっき見た妖艶に光る刀も、わたしの背後からお出まししていた。魅せられる間もなくそれがこちらに振り下ろされる。あ、っぶな…!もう少しで、人間の二枚下ろしにされるところだった気が、する。丸腰の女も関係ないのか、この男たちは。睨みたいけど睨めない、そんなことをしている間にどんと肩を強く押されてまだ安全な壁際へ。逃がしてくれたのは勿論、

「ぼーっとしてたらバラバラなってしまうで」

そして胸元に入れた手をさっと引き抜いて取り出した黒の光るそれ。彼はためらうことなくその口を相手の方へ向ける。思わず目をつむる。引き金が弾けて、パン。

「…………え、えぇえ…?」

目を開けて、続いて口を開けて、漏れ出たのは力のない自分の声。部屋に血なんてものは散らなかったし、ましてそれは凶弾を吐き出しもしなかった。言うなら、万国旗と、紙が。

「お、おもちゃの…銃…」
「こないだ買うたんや、おもろかったやろ?」

と、とことん剽軽な奴…!緊張していた空気を危うくぶっ壊すところだったのは彼の悪ふざけ。慌てて走ってきた少し前の自分が情けなくなる。でも、トーンダウンするわたしとは逆に、額に青筋を走らせる方々もいるわけで。床に散らばった場違いな小さな紙が風でふわりと流される。

「…き、貴様ァ!」

チャキ、と柄を握った勢いで数人が抜刀。途端に背筋が伸びて、髪から伝わり落ちた水が更に体温を奪っていく。ぞくり、ぞくり、ぞくり。おふざけなんかしてないで、はやく逃げて。考えるより先にからだが動く。気付けばぎゅうとその男物の着物の袖を握っていた。ちらりとこちらに目だけを寄越した、次の瞬間にはわたしは追っ手から遠い部屋の隅へ押し込まれていて、もうその背中だけしか見えなかった。髪がなびくのがまた綺麗で、心臓が存在感を増す。

「応援とかしてくれたら俺五割増しでがんばれるんやけどなァ」
「…なに言って」
「ほら、がんばれーとか何でも」

ふざけたことを言いながらもその細い指はポンとおもちゃを放り投げて、それが床につくかつかないかの時には刀をすらりと抜いていた。磨かれた刃に複数の人間が歪んで映っている。彼に隠れて、わたしの顔も。ことばを探す、引き出しをありったけ開ける、状況を飲み込む。死なないとは思っているけどやっぱり死なないで欲しいし、なるべく怪我も、しないで欲しい。だめだ、まともにことばが、でてこない。

「お、お屋敷汚したら怒るから」

がぽ、という音が似合う動作、彼の口。呆れたようにへらりと笑った彼は「ほんま、すなおじゃないやつやで」と刀を握り直した。わかっている、わかっているのだけれど。応援なんていざどうしたらいいのかわからないし、とにかく彼の血を見るのが嫌だっただけ。追っ手のことなんて、すっかり忘れていた。じり、と呑気な彼を待てない追っ手がこちらに詰め寄る。それと同時に彼の足は横にじりりと動いて、窓から入る光が半身を照らした。きっと次の動作で彼は、彼らを連れて窓から飛び出していく。あの、怪我だけは、しないで。口に出来なかったことばをこころで必死に叫んでみる、届かないけど、届け。

「ほな、いってくるわ」
「……いってらっしゃい」


20101207

(坂本R馬:平子、お龍:ヒロイン、っていう感じなのでした)


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