残業内容がこれだなんてあまりにひどすぎないだろうか。こんな仕事を残すくらいなら書類やらの処理をたんまり残しておいてくれたらよかったのに。いやそもそも仕事をきちんとこなさない怠けたあの席官が悪い。上司というか、先輩というか、とりあえず目上の人間を悪く言うのはよくないというのはわかっている。でも、だからって、地下水路の掃除を下っ端に押し付けるのはどうだろう。やっぱり、おかしい。こういうのを職権濫用と言うのだ。いらいらを吐き出して強く強くごしごしと隅をこする。残業は慣れっこだけども、夜の地下水路が不気味でないわけがないし、とにかくその理不尽さが疲れた身体を余計に重くする。

「なーんやこんなとこに居ったんか」

闇から四方に響く声に肩を震わせる。知らないはずのない声。見慣れた長い金髪と温かい空気がふんわりと感覚を刺激する。

「平子隊長…?」
「二人なんやからそないに畏まらんでもええ」
「仕事中ですから」
「相変わらずまじめやなァ」

にんまり笑って近付いてくる温かさ。暗くて寒い地下水路が急に逆の感覚を取り戻してはわたしを包む。視界にはこんな汚い場所には似つかわしくない真っ白な羽織りを着た隊長が一人。ちらりと視線だけを動かして内側がざわつく。わたしのような平隊士には計り知れないほど価値のあるそれの端、わずかについた汚れを見付けて、血の気が引いた。

「な、なんでこんなところにそんな汚れやすい白いもの羽織ってくるんですか」
「汚れてしもた?」
「少しだけ、あ、動かないで」

ぴたっと背中に張り付いて新たな汚れがついてしまうのを阻止。慌ててその羽織りを脱がして(少し嬉しそうにされた)なるべく触れないように預ける。自分は自分で掃除の真っ最中でありきれいなわけはないのだ。もう汚れないようにきちんとたたんで抱えてくれたのを見て安心して掃除の続きに取りかかる。そこに居る手前なるべく早く終わらせたくて集中したいが、同じ理由で、話しかけないわけにもいかない、というのが本音。

「先に帰って下さいって手紙置いて行ったのに読まなかったんですか?」
「あー読んだけど無視して来た」
「なんでですか、まだわたし時間かかりますよ」

わざとらしく音を立ててこする。お互いに黙れば聞こえるのは掃除をする音だけ。今がまさにそれだ。数秒の沈黙、

「あのなァ」
「はい?」
「羽織り汚れるのも気にせんと、帰る時間遅うしてでも会いに来たい女の子、それも仕事を一生懸命こなすとこに惚れた女の子がな、俺には居るんや」

これ試験に出るからよー覚えとき。一瞬したり顔を見せてわたしがきれいにしたばかりの床に座った。つっこみどころの多すぎる発言に口をぱくぱくさせたわたしに魚みたいやでと笑ってみせる。ああはやく、はやくこんな仕事終わらせてしまおう。ちゃんと手を洗ってきれいにしたら飛び付いてみよう。おつりが出るほどの残業代。でもとりあえず一番はじめに、羽織りが汚れるのは気にして下さいとだけは言っておこうと思う。

20101124


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