淫妖奇譚 参 01 時は平安、処は京。 姿は狩衣に袴、烏帽子はなく、長い髪を首の後ろでひとつに結う。 「では、お願いします」 立ち去っていく後ろ姿を見送ってから、双葉はふらふらと庵に戻った。 『双葉』 胸の内から、声がする。 色々あって双葉の魂に棲み付いている、犬神という妖だ。これがとんでもない色魔で、おまけに妙に独占欲が強く、双葉の手に余っている。 『お前、仕事を選ばないにも程があるぞ』 「ぅん…?」 生返事を返しながら、とんと肩を柱に預け、そのままずるずると座り込む。 身体が重くて気怠い。 『双葉、お前今、具合が悪いだろう。なのに河童退治など。しかもまだ誰も襲ったわけではないのに』 「退治じゃない。でも、何かあってからでは、遅いからな…」 理由もなくへらりと笑う。 犬神が心配してくれているのは判るが、これしきで休むわけにはいかない。 『…そこまでして、何か遂げたいものがあるのか』 低い声音に、双葉は一瞬、口許の笑みを消した。 それからもう一度ただ笑ってから立ち上がり、裾を払って札や護符の準備を始めた。 犬神はその間ずっと口を閉ざしていたが、用意が終り、河童が出るという川へ向かう段になって、ひと言呟いた。 『今度こそ、すぐに喚べよ』 「やなこった」 [*前] | [次#] 『幻想世界』目次へ / 品書へ |