DA-DA

01



「こらぁ、杵崎!」
「げ、また来やがった」


 煙草を揉み消し、杵崎は駆け出した。が。


「今日こそはっ! 逃がっさぁあん!」


 伸びて来た手が、杵崎の腕を掴んだ。ぜぇっ、ぜぇっ、と息を切らしているのは、今年の4月に教師になったばかりだという男。能間晴馬。

 一度喫煙しているところを目撃されてから、杵崎に煙草をやめさせるべく追いかけて来る。
 今時流行りもしない、熱血とか言うやつだ。

 熱血新人らしく偉そうに説教でもしてくるようなら一発殴ってやってもいいのに。
 いつも杵崎を捕まえて奴はへらと笑うのだ。

「よし、まずお前の言い分を聞こうか!」
「言い分なんかねぇよ」

 手を振り解く。奴のシャツをピッと擦ったが、気にせず逃げた。「ッま、待て…!」能間の声だけが追ってきたが、それきりだった。




 ただつるんでる他校の仲間に勧められた。
 それだけだ。

 件の仲間たちと無意味な時間を過ごした後の時刻の電車の乗員数はそこそこ多い。特に意味もなく見回したとき、「!」思わず咄嗟に顔を逸らした。

 もはや見慣れてしまった短い黒髪。能間。

 こんな逃げ場のない場所で見つかりでもしたら厄介だ。吊革を持つ腕の陰からそちらを窺う。そして、

「…?」


 能間の様子がおかしいことに気付いた。俯いて、目を瞑って。…耳が赤い。


 そして気付く。能間のすぐ背後に立つ男の手が、奴のジャケットの内側に…潜っている? 胸の辺りがほんの少し、動いている?

 ふたりの前の座席に座っている乗客は爆睡していて、能間の異変に気付くことはない。

「…っ、っ」

 時折びくッびくッ、と能間の躯が跳ねる。



(あれ、もしかして…痴漢ってやつか…?)



 ただぎゅうと目を閉じて耐え抜いていた能間は、杵崎の降りるひとつ前の駅で駆け降りるが、それを追って痴漢も降車し野間の腕を掴んだ。

「あーぁ、ぐしょぐしょじゃねぇか」

 ドアの閉まる前、そんな声を聞いた。


(男でも痴漢って遭うんだな…)


 というよりも、あの、能間が。

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