崩落

02



「ボクの凧糸、絡まっちゃって」

 言われてみれば、確かに健汰の凧は糸がもつれてしまっていた。一見しただけではどうなっているか判らないほどだ。

「貸してもらっていい?」

 依咲はしゃがみ込んで凧を借り、なんとか教え子のために糸を解こうとした。
 細かい作業は苦手な方だが、長い会議の間もきっと健汰は苦戦していたのだろう。ならば依咲が解くしかない。

「あっ、先生!」
「ん?」

 結び目に集中していると、健汰が叫んだ。指された指の先、窓の外ではひとつの凧がゆらゆらと浮いていた。
 「へぇっ…」思わず口許が緩む。

「ヨッちゃんのだ」

 健汰が呟くのと同時に、ぎり、と手首に痛みが走った。

「?!」

 驚いて視線を戻すと、細い凧糸で健汰が依咲の手首を拘束しているところだった。
 両の手首を何重にも巻いたあとで、手と手の間の糸自身にも巻きつけている。

 健汰に躊躇いも迷いもなく、依咲が腕を引いても素早く作業を完遂させてしまった。

 この、シチュエーションは。今度こそ、完全に蒼白になる。

 にぃ、と健汰が笑った。

「先生って、本当にいいひとだよね」
「し、下でみんな、待ってるんだろ…っ?」
「ううん? ボクは『待ってた』ってちゃんと言ったよ」

 過去形の言葉。つまり、今の状況とは違うということか。

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