逃亡(劇)

09



「っ、か、家族、にも」

 とんでもないことに気付いて、遊糸は慌てて踵を返しかける。なんて無作法を。だが海にやんわりと「明日にしたげて」と言われ、海の家族が既に就寝している時間だということを思い出した。

「あ、ご、ごめ…」
「いいんだよ。周りにそうやって気ぃ配れるようになるくらい、調子が戻って来たってことだし。うち来ただけでそんだけ回復したんだったら安心だよ。明日でも充分みんな喜ぶ」
「…俺、そんなに重症だった…?」

 恐る恐る問うと、海はただ笑って肩を竦めた。口には出さないが、肯定だ。申し訳ない気持ちが遊糸の肩にのしかかる。

 だが、昼の間にバイト先には連絡を入れて、もっともっと入れてくれるように頼んだ。人手不足だとかで、居酒屋の店長は喜んで応じてくれた。
 劇的に状況は改善していると言える。このままうまく行く保証はないが、それでも。

 『ごめん』と『ありがとう』は紙一重だ。裏表と言ってもいい。だったら、

「ありがとう…。ちゃんと、落ち着いたら。出世払い出来る頃には、ぜんぶ、話すから」

 随分先のことだなと笑われるかと思った。
 だが、海はやっぱり笑って、くしゃくしゃと遊糸の頭を撫でてくれた。


「待ってる」






 逃げるためとは言えど、ようやく進めたと思った遊糸の携帯電話に、橘からのメールが入ったのは、それから4日後だった。

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