逃亡(劇)

08



「なんで。そこはお前も遠慮すんなよ。じゃんけんじゃんけん、平等にいこうぜ」
「ごめん、本当にいいんだ。遠慮とかじゃなくて。その…俺、ベッドで寝れなくて」
「ンだよ、落ちるってか? まぁ、そう言うなら無理強いはしないけどさ」

 困ったように笑って、お前も着替えろよ、と海がハンガーを投げて寄越す。遊糸はそれをありがたく受け取って、パーカーとジャージに着替えた。

 それから、遊糸は初めて『両親』の居る生活を見た。平和に食事をして、やはり誰も遊糸の事情を訊いて来なかった。

 シャワーも、恐かったが、なんとかパニックを起こすこともなく済ませることが出来た。
 海の部屋に戻ると、ベッドで雑誌を読んでいた海が顔を上げる。

「一応だけど、訊いとく。…家に連絡は、したくないんだよな?」
「…うん。…ごめん…」
「大丈夫。確認したかっただけ。家族にも余計なことしないように言っとくから」
「…ごめん…」


「遊糸さん、そこは『ごめん』じゃないんだよ」


 顔を上げることも出来ずにただただ繰り返す遊糸に、海が言う。その言葉を受けて、遊糸は考えた。
 そう言えば、口に出して、一度も言っていないんじゃないか。


「…ありがとう…」
「よく出来ました」



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