逃亡(劇)

04



「っ?!」

 誰もいないと思っていた遊糸は、肩どころか全身が飛び上がるほど驚いた。
 振り向くと、緑色のソファから気怠げに顔を上げて見上げてくる、少年がいた。眠そうな半眼、少し寝癖のついた明るい茶色の髪は、日差しを受けてオレンジ色に見える。彼が遊糸を呼んだように、遊糸も彼に見覚えがあった。

「小高」

 小高 霙。『みぞれ』という珍しい名前が、遊糸の記憶に残っていた。おそらく霙にしても、『遊糸』という名が印象に残ったのだろう。
 ぼんやりとした目のまま、霙が遊糸を観察する。

「ぐあい、悪いの」
「ぁ…あ、あぁ、ちょっとだけ。小高も?」
「ふふ、おれは、サボり」
「そ、そっか」

 あまり元々会話をしないタイプの人間だ。遊糸と素行の悪さは似たようなものだが、霙はいつでも気怠げにしている。言葉は悪いが、「居ても居なくても気付かれない」タイプの人間なのだ。

 会話を続けることも気まずく、シーツに手を掛けた遊糸は一瞬、朝の出来事を思い出して身体が強張った。咄嗟にシーツから手を逃がしてしまう。
 橘の顔が頭にちらつく。

 いやだ。

 寒気を感じてただシーツを見つめるしか出来なくなった遊糸に、「たちばな」もう一度、気の抜けたような声が掛かった。

「おれ、サボりだから、ここ、使っていいよ」
「…え?」


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