逃亡(劇)

03


 「あの、さ」拒絶されたら。理由を訊かれたら。
 でも、言わないと、進めない。――逃げられない。

「…しばらく、お前んち、…泊めてくんね…?」

 顔を上げられない。

 ごめん、ごめん、ごめん、…お願い、だから。

 縋るような気持ちで、ただ遊糸は自分の爪先を見つめる。
 くしゃ、と髪を撫でられた。

「いいよ。おいで」
「っ、」

 咄嗟に顔を上げると、どこか苦しそうな、泣きそうな、そんな海の笑顔があった。海は何も知らないだろうに、迷惑だろうに、それでも頭を撫でて、言ってくれた。

「…がんばったな」

 その一言に。
 胸に溜まって淀んでいた澱が、涙となって溢れ出した。

「ごめ…っ、海、ごめんっ…」

 言えなくて。
 頼って。
 …アテに、して。利用、して。逃げ場所に、して。
 こんな、汚れた自分なのに。

 海はただ、頭を撫で続けてくれた。何も、訊かずに。

 その後、涙も止まって落ち着いた遊糸は、教室の空気にいたたまれず、結局海によって保健室に送り込まれた。養護教諭は不在だったので、丁度良いとばかりに遊糸は勝手にベッドのひとつに潜り込もうとした。そのとき。


「…たちばな?」



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