逃亡(劇)

01


 耳を澄ます。
 リビングを抜ける。ばたんと扉の閉まる音。部屋に、入った。
 橘の動向を確認して、遊糸は手首を縛る布に噛み付いた。制服のネクタイだが、躊躇していられない。

 ひくつく肩をなんとか押さえつけて、丁寧に剥がす。鼻をすすり上げながら、とにかく目の前の障害に集中する。

 思い返したら、崩れそうだった。

 ようやく解けたネクタイを放り出して、ティッシュを引き寄せて処理をする。ベッドの上にはあの玩具が放置されていて、そのてらりと光る様子にいたたまれなくなる。触るのも嫌で、さっさと下着とパンツを穿き、シャツのボタンを留めた。

 時計を見る。もう10時をゆうに超えている。

 気怠い躯をなんとか動かして、音を立てないようにベランダに出る。まず鞄を投げておく。

「っく…、」

 身体を乗り上げ、下を見ないようにして六花のベランダに移った。
 途端、むず、と、蕾が疼いた。

「んぁ…っ、ゃ…」

 じくじくと熱い。ベランダを越えて、気が抜けてしまったのかもしれない。

――だめ、だ…逃げ、ないと…。

 思い出すな。
 思い出すな。

 思い出すな…っ!


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