転がる珠 12 ギシ、と擦りガラスに掌が当てられる。ドアがゆっくりと開く。 「たッ、橘さん! 俺入ってますよ!」 咄嗟に叫ぶが、頓着するつもりはないらしい。ドアが開いて、着衣のままの橘が、躊躇うことなく風呂場に踏み込んでくる。 慌てて股間を隠す。ざわざわと怖気が背筋に走る。 「でッ出てって下さい! なんなんスか?!」 濡れるのも構わず、橘は遊糸に近付き、掻き抱いて、 「何すんだ…ッ! 離せよ、たちば――」 喚く遊糸の唇を、己のそれで塞いだ。 背筋に駆け上がる悪寒。開いていた口腔内に侵入するぬめった舌。突き飛ばそうにも、何故か動かない、腕。掻き混ざる唾液と、シャワーとは違う粘着質な水音。 「ン…んん…っ」 視界が歪む。自分のものではないような、か細い声が鼻から抜ける。脚が震えて、今にも腰が抜けそうになる。 嫌だ。 嫌だ。 嫌だ。 コ ワ イ 。 記憶の底から目覚めた恐怖に、遊糸は完全に抵抗する力を失った。 [*前] | [次#] 『カゲロウ』目次へ / 品書へ |