転がる珠 10 「おかえり」 「ッ?!」 バイト帰りの深夜1時。帰宅してすぐに声を掛けられて、遊糸はぎくりと動きを止める。 『父親』と長い時間を家で過ごすのが嫌で、深夜のバイトを格段に増やし、顔を合わせることも滅多になくなって安心していた矢先だった。『弟』だとかいう六花とは、もう3日に1回顔を合わせれば良い方になっている。 リビングのソファから振り返り、遊糸を見ている橘は無表情だが、それはどこか怒っているようにも見える。 (怒られる、ことなんかしてねぇし。筋合いもねぇ) そうは思いながらも、どこか身体がビクつく。恐る恐る、唇を開く。 「…起きて、たんですね」 「まぁ、毎日これくらいは起きているんだがね。それよりも遊糸、最近遅いようだけど」 「忙しいんで」 「代わってもらえないのか? 君は学校もあるんだぞ」 「判って、ます。学校にはちゃんと行ってます、学費は無駄にはしません」 「そういうことじゃない、」 あぁ、まただ。 終らない会話。 嫌だ。 「っ、俺、もう、寝ます、から」 「風呂は?」 「入り、ます」 橘が肯き、言葉が切れる。 遊糸はすぐさま顔を背け、軽く会釈だけして自室へ戻った。 [*前] | [次#] 『カゲロウ』目次へ / 品書へ |