転がる珠 09 ふと、橘の口許が緩んだ。 「…顔色が悪い。すまなかった、焦ってしまったかもしれないな。鍵をありがとう。ゆっくり休むといい」 そう言ったのを最後に、関係が途切れる。 遊糸は逃げ出すように自室へ駆け込んだ。 キモチワルイ。 タエラレナイ。 折角先輩との食事で楽しかった気分も一気に急転直下だ。背筋に冷たい汗が伝う。 この先、こんなことでやっていけるのか。 干渉しないと決めたところで、向こうからは関わってくる。そしてどうやら、それには応じてやるのが良いらしい。 橘のあの親しげな態度が、口調が、仕種が、全てが遊糸にとって苦痛だった。 自分を幼い頃捨てて消えた父親。それと接するだけで、これほどのストレスがかかるものなのか。 ゆるゆるとケータイに伸ばし、ダイヤルしかけた手を止める。海に。晶に。そう思ったが、こんなことを相談されたところで相手に迷惑なだけだろう。 かなりの時間悩んでから、遊糸はバイト先へ電話した。 [*前] | [次#] 『カゲロウ』目次へ / 品書へ |