before crazy days

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「嘘、つくなよ」



 低い声に切り捨てられて、一瞬なにを言われたか判らなかった。
 霙の視線が痛いのに、目を逸らすことができない。乾いた喉から、声を絞り出す。

「嘘、なんか」
「なにも知らない海と、同じだと思わないで。遊糸、今の自分の顔、判ってないでしょ」
「ッ!」

 その言葉に、遊糸はなにも言えなくなる。

 きっと嘘はついてない。霙が突然受けたことを思えば、きっと。
 ああ、それとも、海についた嘘を批難されているのだろうか。
 顔を上げられなくなった遊糸の頭を、くしゃりと撫でる手。


「おれには、嘘、つかなくていいから」


 打って変わって、穏やかな、いつもの霙の声がそう告げる。見上げると、泣きそうな顔をした霙が、無理して笑う。
 たぶん自分も、泣きそうな顔をしているに違いない。

 海に触れられるのは恐かったのに、霙ならば大丈夫だと、既に甘え始めている自分に気付いて、けれどその手を払いたくなくて、遊糸は戸惑う。

「今すぐには、解決はできないかもしれないけど。いつかはなんとかしなきゃいけないと思うし。おれに話せとは、言わないから。ただ、嘘はつかなくていいから」
「──…」

 そんなに優しくされるような人間ではないのに。
 霙は本当に被害者なのに。

 嬉しいと。
 ありがたいと。

 そう思うともう止まらなくて、遊糸はぼろぼろと子供みたいに泣いた。
 たぶん、霙も泣いていたと思うけれど、遊糸にそれを確認する余裕はなかった。

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