プロロォグ

06



「何してるんスか」
「遊糸、話があるんだ」
「話なら中で」
「入る前に聞いて欲しい。大切な話なんだ」

 馴れ馴れしく呼ぶな。そうは思ってもさすがに口に出すことは出来ず、遊糸はほとんど睨むようにして橘を見た。

「…何スか」

 遊糸の素行は飛び抜けて悪いわけではないが、良いとされる方でもない。今日だって橘が来なければ深夜までバイトを入れていただろうし、授業は眠るサボるはいつものことだ。
 そんな訳で正しい丁寧語なんて滅多に使えないし、好意も抱いていない人間に対して礼儀正しく出来るほどまだ人間が出来てもいない。

 しかし橘は気にした様子もなく、口を開いた。

「…君には、弟がいる」
「――は?」

 いねぇよ。
 そう言い掛けて黙る。それくらいの分別はまだある。

「母親は違うが…私の子で、つまり君とも血の繋がった弟だ」
「ちょ、待てよ」


 なんだって?


 遊糸の困惑を意にも介さず、橘は少し身を引いた。
 ドアの隙間に、橘と入れ替わりでひとりの少年が立つ。
 遊糸の目が見開く。

 嘘だろ。
 冗談じゃねぇ。
 莫迦言うな。

 心の中で必死に抗うが、目の前の状況は何ひとつ変わりはしない。
 少年の黒髪が夜風に揺れる。


「初めまして――橘 六花です」


 困ったように笑う、その顔は。

 遊糸の顔に、よく似ていた。

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