プロロォグ 05 「来ねーし」 ソファにうつ伏せになり、雑誌を読み漁りながらも律儀に待っていた遊糸は、不機嫌に呟いて時計を見上げた。 時刻は22時30分を超えた時間。 親しくない人間への訪問時間は過ぎていると考えて良いだろう。 入浴中に来訪されてはいけないと、風呂も入らずに待っているのだが。 早く来て欲しいと短絡的に思う反面、このままもうずっと来ないで欲しいとも思う。 また消えればいい。どこかから金さえ払ってくれるなら。生きていく覚悟はしていたし、実際金さえあればこの家で1年間、ひとりで生きて来た。 期待などしていない。出来ない。 14年を埋めることなど、不可能だ。 遊糸はぼすんとクッションに顔を沈めた。 ぴんぽーん。 「――チッ」 途端に鳴った間抜けなインターホンの音に、思わず舌打ち。遊糸はしぶしぶ起き上がり、廊下を進んだ。 鍵を開けて、ドアを開く。 「…こんばんは」 見たくない、顔がある。ひげのない顔。不健康そうな体つき。 似ているところなどないと思う。 「…どうぞ。狭いですけど」 あんたが来ることでより手狭になると、皮肉を込めて言ったつもりだった。男――橘 大輔が手にしている荷物は思っていたよりも少ないが、それでも共に暮らすとなれば増えざるを得ないだろう。 形式張って口上を述べ、身を引くと、橘はドアノブを掴み、そのまま入って来ようとしない。 [*前] | [次#] 『カゲロウ』目次へ / 品書へ |