「おィ、ナニ人の足踏ンでンだ」
「うわごめん!暗くてわからなかった…」
真夜中、暗がりの中をコンビニを目指し二人は歩く。少し肌寒い。
時は数十分前に遡る。
「…コーヒー」
「へ?」
正に寝ようとしていたその時、突然一方通行がそう言った。
「なァ、オマエって消したモン出せるンだろ?缶コーヒー、頼むわ」
「…ごめん、コーヒーとか消したことないや」
「…はァ?」
「だって私…コーヒー飲めないし」
ガコン、と控え目な音を立てて彼はあっさりと部屋という名の牢屋を開けた。彼が来たばかりなので、研究所も対策出来ていないのだろうか、こんなに簡単に開くなんて。名無しさんはそう心の中で思う。別に着いていく義理はないのだが、彼女は彼の後についていった。
そうして、コンビニの前。やけに明るい光に眩しさを感じながら店内へ。一方通行が片っ端から缶コーヒーをカゴに入れていく様はなかなかのものだった。若干顔を引き攣らせた店員にコーヒー代を払い、外へ出る。一方通行の顔を見て慌ててにげていった不良たちがたむろしていた駐車場の車どめに彼は腰を下ろした。
「帰らないの?」
「一本くらい飲ンだって構わねェだろ」
「ふぅん…」
一方通行は淡々と缶コーヒーを飲む。名無しさんも隣に腰掛けた。一方通行の顔を見ながら、名無しさんはこの間のことを思い出す。
そういえばコイツと…キス…しちゃったんだよね…いや!したっていうかされたってのが正しい訳で、私は別に…っていうか手が早くない!?そもそも、誰にでもこんな簡単にしちゃうことじゃないわよね!…それともコイツは誰とでも出来ちゃうのかな…って私何考えてるの!?な、何か話題、話題話題…!
「そ・そんなにおいしいの?」
「あ?」
「や、コーヒー」
「まずかったら飲ンでねェ」
「まぁそうだけどさぁ…。そんな真っ黒な液体を飲もうっていう精神がまずすごいと思う。」
「オマエ、本当に飲ンだコトねェのか」
「…まぁ苦そうだし」
「オコサマだな」
は、と鼻で笑われた。そのことばに名無しさんはかちんときた。
「何がお子様よ!」
ふん、と名無しさんはそっぽを向く。こんな軽い言葉にいちいち腹を立てていては一方通行と一緒にいることは難しいことぐらいわかってはいるが、それでも腹が立つ。
「オマエ…本当にお子様だな」
一方通行の呆れた声。
「何よ!さっきからオマエだのお子様だの…!? ん…ぅ……はっ」
「どォだァ?苦いコーヒーの味はよォ」
「〜〜〜っ!?」
「あ?ナニ固まっちゃってンだ?」
「だ、だって…今…!また、私の…」
「唇が奪われたァ!ってかァ?」
「な…!」
悪戯が成功して嬉しそうに笑う子供のような顔で一方通行は言う。対し名無しさんは顔を真っ赤にしていた。
「そォいえばオマエ、こないだン時も…」
「な、何!?」
「タコみてェに顔真っ赤にしてよォ」
ケラケラと一方通行は笑う。
「だって、しょうがないじゃない…私そんな、免疫…ないし…あんたみたいに誰とでも…なんて」
「ァ?」
「だから…っ!?」
いきなり顎を掴まれ引き寄せられる。囁かれた言葉は、「目ェ閉じろ」。言われるがままに名無しさんは目を閉じてしまった。
「ふ…ぅ…んっ」
さっきは唇同士が触れるだけのキスだったのに、と名無しさんは熱でぼうっとする頭の片隅で思った。今まで考えたことのないほど深いキスにくらくらする。
「っは、はぁっ、はぁっ」
「どォも、ごちそーさん」
「…っあのねぇ…っ!」
「それから」
何か文句を言ってやろうと意気込んだ名無しさんだったが、一方通行の鋭い視線に息が止まってしまう。ぐい、と乱暴に髪を掴まれ、名無しさんは怯む。掴まれたことであらわになった名無しさんの耳元に口を寄せると一方通行は呟くように言った。
「興味が無かったら…手なンか出さねェよ」
それは、どういう意味なの―――その質問か出来たのか、そしてその後いつ帰ったのか、名無しさんは未だによく思い出せない。いくら最強のレベル5といっても、避けられて生きてきた名無しさんにとって、恋に落ちた経験など皆無でありそういうことは慣れていなかった―むしろ純すぎた―ためだろう。ただ彼女が覚えているのは、驚くほど早い鼓動と、研究所へ戻った後されるがまま一方通行の抱きまくらのように眠ったことだけだった。
今思えばこのキスが事の始まりだったに違いない――それから数ヶ月後、事故は起きた。