「しょーうちゃん」


住宅マンションの最上階の一角から高めの声が聞こえた。声の主は尾浜三鶴、この家庭の奥さんに位置する。間延びされた名前は、彼女の愛息子のものだ。


「何ですか、お母さん」

「夕飯の買い出し!一緒に行かないか?」


じゃーん、と息子にエコバッグを見せる。満面の笑みを浮かべた自分の母親に、彼は小さく溜め息をついた。


「僕、学校の宿題があるんですが」

「まあまあ、一人で行くのは寂しいからさ。一緒に来てくれると嬉しいなぁ」


彼はもうひとつ溜め息をつき、いいですよ、行きましょう、と笑った。


「庄ちゃん…っ、貴方っ子は、なんでそんなに男前で可愛いの!」

「はぁ」

「よし!じゃあ出発!」


彼女は彼の手を取り玄関を出た。楽しそうに鼻歌を歌いながら歩く彼女を見て、彼もついて来て良かった、と微笑んだ。今日の学校の様子などたわいもない会話をしながら買い物をする。なんだかんだで彼も、この時間が好きなようだ。







買い物も終わり帰ろうとした時、彼女は何か思いついたようにしゃがみ込んで、彼の両手を握った。


「せっかく彦ちゃんのピアノの終わる時間だから、迎えに行こう!」


ちょうど尾浜家の長女がピアノのレッスンを終えようとしている時間だったのだ。彼も姉と帰った方が楽しいと考え、迎えに行きましょう、と笑う。
また手を繋いで、姉のもとへと足を急がせた。少し行くと前方に水色のワンピースを着た女の子が歩いていた。その子が彼女らが迎えに行こうとしていた子なのだ。


「彦ちゃーん!迎えに来たよー!」

「あれ?お母さんと庄、どうしたの?」


くるりと振り向いた女の子は嬉しそうに笑う。パタパタと二人の方に駆け寄って来た。


「ちょうど夕飯の買い出しに来ててね」

「姉さんを迎えに来た、と言う訳」


彼は手を差し出して、帰ろうと言った。そんな弟を見て姉は微笑んで手を取る。


「あ、庄ちゃんズルイ!彦ちゃん、私と手繋ごう!」



「じゃあ、俺と繋ぐ?」



「うわっ…え?勘右衛門!?」

「お父さん!?」

「今日は早いんですね」


母親が騒いでる後ろからひょっこり顔を出したのは、尾浜家の大黒柱である勘右衛門。彼は中学校の教員をしていて通常ならこんな夕方には帰って来れないはずなのだ。


「いやー、今日からテストなの伝えるの忘れちゃってねぇ」

「まぁいいさ、こんな所で話してないで帰ろう!」

「で、俺は三鶴と手を繋げばいいの?それとも彦?」


手をひらひらと振りながら勘右衛門は二人を見る。やはり手は繋ぐらしい。


「姉さんと手を繋げばいいと思います」

「へぇ、なんで?」

「僕はお父さんとお母さんの間がいいから」


真顔で言う庄左ヱ門。その姿にくすっと笑みをこぼし、じゃあ彦、手を繋ごうか、と彦の頭を撫でた。


「庄ちゃん…さすが私の息子…っ」


勘右衛門とは打って変わって、三鶴は庄左ヱ門のさっきの一言に悶えていた。


「ほら、三鶴。荷物貸しなよ、重いだろ」

「ありがとう」

「お父さん、かっこいいね」

「それは嬉しいな。彦は可愛いよ」


四人は仲良く手を繋いで帰路につく。彼らの後ろには夕日によって出来た、微笑ましい一つの大きな影があった。





「たまには皆で帰るのも楽しいね」





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