「おう竹谷!久しぶりだな」
振り向けば昨年卒業して行った先輩が右手を挙げていた。あの頃と何一つ変わらない笑顔と、俺の名を呼ぶ声。そして見慣れない黒色のスーツ。
「お久しぶりです、七松先輩」
七松先輩、彼は俺の一つ上で部活の先輩でも無ければ特別近所に住んでいる訳でもない。むしろ家は反対方向にある。それなのに何故気にかけてくれるのか、俺には疑問だった。一度聞いたことがあったが、気分だとはぐらかされてしまった。本心だったのかもしれないが。
先輩が卒業してからというもの、かれこれ一年。一度も連絡を取り合わなかった。しかも先輩が何処へ進んだのかさえ知らなかった。ただの先輩後輩なんてこんなもんだよなと思い込んで、気にさえもしなかった。
「竹谷も、もう卒業か」
「はい、先輩は就職したんですね」
「そうだぞ!あれ、言って無かったか?」
「聞いてませんよ!」
悪かったなと豪快に笑う先輩はやはり何も変わっていない。心なしか大人っぽくなって背も高くなっているけど、俺の知ってる先輩だ。
「そうか、卒業か。何か気の利いた言葉を言ってやりたいところだが、…うん、私は仙ちゃん達と違って言葉で表すのが苦手でな」
「先輩らしいです」
「だろ?――此処がゴールではない。此処が、この時が、君のスタート地点である」
「え、」
「受け売りの言葉だけどな!まあそういうことだ!頑張れよ、竹谷」
そういって俺の頭をグリグリと乱暴に撫でて、笑った。そのまま撫でた右手でネクタイを緩める。その首元から、俺の知らない一年間が覗く。
「…ありがとうございます」
「おう!」
この一年の差をどうやって埋めようか。未来へどんどん進む先輩を追い越してやりたいと思った。でも、まだ先輩の背中を追いかけていたい。
ねぇ先輩、やっぱり貴方は
俺の尊敬する先輩です。
いつかまた会えたら、
その時には貴方を越えてみせます。
だから、変わらないでいて下さい。
三月一日
敬愛する先輩に贈る