姫殺し





 


波に揺れる月を掴もうと岸から手を伸ばす。でもそれは海面に映っただけの虚像。掴めるはずもなく、まだ小さかった俺は海へ沈んだ。





姫。姫若子。戦を恐れ女の格好をし小動物や花を愛で笑っていた。詩歌を読み恋愛に憧れた。武器など手にしたことも無く、武家の男子としては随分と綺麗な手だった。それが過去の自分であると元親は認識している。背が伸び、現実に目を背けてはいけない年齢になった時、元親は姫を殺した。がむしゃらに武芸に励んで遅れを取り戻すことに必死になった。



姫には愛する者がいた。瀬戸内の海を挟んで向かい側の安芸の当主・毛利元就だ。彼は度々四国に来ては姫の父親である国親と何やら話し込んでいた。初めて会ったのは姫が十にも満たなく彼はまだ元服して間もない頃。姫が庭の花で冠を作っていた時、気がついたら隣に彼が立って居たのだ。そして口を開く。名前はなんぞ。千翁と申します。千翁、良い名だ。国親の子か。はい、毛利様。たったこれだけの会話だった。にも関わらず、彼は四国に来る度に姫へ土産を持って来た。仮にも敵対する国同士なのに。彼は姫を愛し、また姫も彼を愛した。

それから何年か明け暮れる。姫はまだ小さかったにしろ、あと少しで元服という位まで成長した。それはそれは美しい姫だった。

「土佐を捨て我が毛利家へ来ないか」
「元就様、」
「姫はただ笑っていてくれれば良いのだ」

そう言って彼は姫の頭を撫でた。優しく、大切なものを触るかのように。



それから彼は姫の元を訪れなくなった。そして姫の名は、千翁から元親へと変化した。姫と言うのは語弊があるかもしれない。もうすっかり姫は、次期当主という言葉の似合う青年へと成長していたのだ。小さかった背は父親を抜かし、傷一つ無かった真っ白の指には細かい傷が出来ていた。まだ初陣は果たしていないものの、いずれ戦場を駆けることになるだろう。

ああ、元就様。
姫はこれから鬼となるのです。
出来ることならずっとこの夢見がちな姫でいたかった。たとえ家臣から疎まれる存在だったとしても、貴方から愛される姫でいたかった。ただ貴方の側で笑っていたかったのに。

ありきたりな御伽話の終焉。鬼に攫われた姫は、助けに来た青年と末永く幸せに暮らすというものだ。それなのに。私は、そんなありきたりな物語ですら叶わない。






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