言葉にならなかったからで、


 


「なぁ、元就」

「…まだ俺、お前のことを好きでいていいのかな」


高校時代に出逢い恋に落ちて、やっとの思いで気持ちを伝え、今のこの関係に収まってからもう何年経ったのだろう。既に我らは二十代も半ばに差し掛かり始めた。穏やかな休日を、共に暮らす部屋で過ごしていたら、突然元親が泣きそうな声で呟いた。いつもの煩く騒がしい声とは打って変わって、細く消えそうな声に我は胸を痛んだ。


「…急になんだ」


思わず声が震える。余りの衝撃に我も動揺しているらしい。隣で俯く元親をちらっと見て、また視線を窓の外へ移す。空は水色からオレンジに変化している最中だった。元親の美しい白銀の髪は夕日に溶けてきらきらと輝いていた。途切れ途切れになるこの空気は、空に浮かぶ飛行機雲のようであった。


「だって、もう俺達イイ歳だろ?」

「そうだが」

「俺も元就も長男で」

「ああ」

「でも、でもさ、」


ああ、嫌だ。付き合い出した時から我の頭の片隅を支配していた最大の問題が、突き付けられようとしている。重くのしかかるそれは、どうしようも無く深い海の様に苦しくて苦しくて息が出来なくなりそうな闇であった。そう、覚悟はしていたのだ。あの頃からずっと。しかしまだその現実を元親の口から聞きたくはなかった。元親はそこまで言って、ボロリと一筋涙を流した。


「俺は、元就に家族を与えてやれない…!」


指先が白くなるまで強く握られていた元親の拳を解き、指を絡ませる。堰を切ったかのようにボロボロと涙を零し泣き出した元親は我の手をぎゅっと握った。いつもなら温かい元親の手は今日はひどく冷たい。


「我は何人もを同時に愛すことなど出来ん。だから側に置いておくのは貴様一人だけで良い」

「元就…」

「我は元親さえ居れば良いのだ」


擦ったせいか赤くなった目をこちらに向け綻んだように笑う。ついさっきまでの泣き顔は消え去った。やはり元親には笑顔が似合う。


「好きだ…っ」


また手を握られる。これから先も離れることのないように祈って、我も強めに握り返した。





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