籠球(krk) | ナノ




大学生になって、必然的に時間ができる。好きな時間が出来れば遊ぶお金が欲しいので、名前もバイトに就いた。

講義終わりに直接大学付近で勤務、というのが名前にとって怠く、下宿先付近でバイトを探し出した。一度帰宅して一息吐いてから勤務、名前にはこのくらいのペースが心地がいい。
下宿先の目の前のコンビニが勤め先なのだが、初めてのバイト、しかも接客業ともなればてんやわんやで、初めの一週間は辞めたい気持ちで項垂れていた。

そんな名前も3ヶ月も経つ頃には、なんとか一通りの仕事を覚えて少しのゆとりを持って働くことができるようになった。
常連さんと話すのが楽しく、話さなくともよく来店する客を観察するのが日課となっていた。その中でも一際目立つ客がいた。初めてその客が来店した時でも、どういう訳か名前はその客の名前を知っていた。木吉鉄平という同い年の青年だ。
この木吉鉄平、ここらの名前程の年齢でスポーツに関心がある者なら知っているどころか一目置いている存在だった。キセキの世代に次いで有名なバスケプレイヤーなのだから。

『ミンミンミンミンうるさい、早く外に…っぎゃっ飛んだ!』

『名字さん、ごめん頼んだ。お待ちのお客様、お伺いいたします』

『くそっ相方よ接客に逃げたな!もう、コンビニって明るいから虫がこんなに店内に入るんだよ。お願い蝉よ、タモに入れ、入れ!』

『タモかして』

『あ』

『よしよし、うわあ活きがいい蝉だなあ鼓膜が破れそうだ。悪いけど他のとこ行くんだぞ』

天井の蛍光灯に張り付いて鳴いている蝉を外に逃がそうと、名前は背伸びして恐る恐るタモでつついていたのだが、背後からタモを取られ、その高身長からいとも簡単に蝉を捕まえ逃がしてしまった。これが木吉との初の対面である。

『先程はありがとうございました…!』

『いやいや、流石に鳴き声が賑やかすぎて買うもの忘れそうになったからな』

『私虫が苦手でして。本当に助かりました』

『蝉っておしっこかけてくるし女の子は嫌いかもなはっはっは』

『いやいやいや虫全般がでして、そりゃかけられるのは嫌ですけど。ふふ。これつまらないものですがお礼です』

『え、スポーツドリンクか。なんか悪いな』

『私の気持ちですから』

『そっか、気持ちを無駄にしたく無いしもらっとくわ。ありがとう』

騒動時からあの有名な木吉と気がついていた。高い身長に、バスケプレイヤーという立派な肩書きで若干怯えていた名前だが、話してみて拍子抜けする程ほんわかしたただの青年だった。(ほんわかというかズレているというか、天然というか)彼が去った後もその日は心暖かく勤めることができた。
その後も木吉はこのコンビニに何度か訪れて、彼方も名前の顔を覚えたのか、会うたびに話しかけてきた。かれと会うのも、バイトの楽しみの一つに加わった。












今日は会えるかな?と心踊らせて出勤した名前だが、その日はとても客数が多く、とても人間観察をしていられるほどの暇が無かった。レジから離れられず、フェイスアップにもゴミ箱確認にも行けない。
そんな時、揚げ物の予約のお客さんがいらした。この予約取りがたいへん面倒で、尚且つ名前にとって初めての予約取りだったので、精一杯対応してもその間にどんどん列は長くなって行き…。漸く予約が取り終えたと思うと、次に並んでいた男性が、商品を入れた籠を思い切りレジ台に叩きつけた。
ドン!と結構な音がしたので、一瞬店内が静まり返る。名前は方肩を揺らして驚き、震える。ああ、今に限って面倒なお客さんがきた。

「あっちのレジの方が混んでたのにこっちは遅いんだなあ、ああ?」

「その通りでございます。誠に申し訳ありません」

「もうちょっと要領良くできんものかねレジくらい?!」

「申し訳ございません」

男性は所々舌打ちをしながら怒鳴った。今まで色々な客を相手にしたが、ここまで不快感を露わにされたのは初めてだった。怒鳴り声と舌打ちに名前は肩が跳ねて怯えてしまう。
さっきはお客様のご予約を取り付けていたからなのに。自分はできる限り最善を尽くしていたのに。仕事って理不尽だ。目頭が熱くなるも、仕事中なので必死に耐え、怒鳴り声を浴びながら男性の商品を手に取った。
商品のバーコードを読んでいる最中も何度も舌打ちをされる。
だが、名前は合計金額を述べるために前を向くと気づいたのだ。この男性の後ろに並ぶ、高い身長に。

「…お前何やってるんだ、人の荷物を」

大きな腕が男性の後ろから伸びてきて、珈琲やら煙草やらをあらかじめ名前が出したビニル袋の中にひょいひょい入れていく。語るまでも無く木吉だ。
男性はそれを不快に思い振り向くが、木吉の体の大きさに少し目を丸くして居心地が悪そうに顔を顰めた。

「手伝うよおじさん、急いでるんだろ?ほらその子にお金渡して。早く早く」

「は?あ、ああ」

男性の行動を気にもとめず、男性の購入物を相変わらず丁寧に放る。大きな手なので、一つ一つのものが小さく見えて、名前は心の中で笑った。

「1500円お預かり致します。お釣りの2円をお返し致します、お確かめくださいませ。お待たせして誠に申し訳ありませんでした」

「ふん」

男性に釣銭を渡す頃には木吉も袋に入れ終わり、男性は袋を乱暴に掴むと足早に去って行った。

「お待たせいたしました。お次でお待ちのお客様、お伺い致します」

小さく一息つくと、次は誰かとわかっていてもそう聞いた。
木吉は何時もののほほんとした表情で商品をレジに置いた。木吉が知り合いということ、それに彼が持つ空気がそうさせるのか、騒ついた気分が徐々に穏やかになっていった。他にまだ客が並んでいるので、木吉も名前も話さない。ただ木吉がそこにいるだけで、慰められている気がした。代金を貰いうと、彼の大きな片手で頭をふわりと包まれた。

「頑張り屋さんめ」

にかっとはにかんで、名前をあやしたのだ。

あ、私この人が好きだ。

瞬間、ぼろっと名前の瞳から涙が零れた。安堵と、照れと嬉しさと、色々混ざり合ってのものだった。

「ちょっ!?ど、どうした名前さん、そんなにさっきの大きな音が怖かったのか?」

「ち、違います、怖かったのは音じゃ無くてお客様です」

木吉は急に涙を零した名前に驚愕して、大きな図体で慌てた。その様子が釣り合わなさすぎて、名前は泣きながら笑った。相変わらず何処かズレた返答も安定している。

「ちょっとお姉さん、大丈夫?どうせ後ろの列は常連の近所の家族連れや私みたいなオバンだけだから…慌てずゆっくりやりなさい。皆今のジジイは偏屈だってわかってるわ」

すると、木吉の後ろに並んでいるおばちゃんが話しかけてきた。見覚えがある、常連さんだ。名前の泣き顔に心配して話しかけてきてくれたのだろう。

「そうだ、おばちゃんの言う通りだ」

「…キメ顔で堂々としてるけど、あんた誰よ、でっかい兄さん!」

まるでコントのような二人のやり取りに、列に並んだ皆がどっと笑い出した。名前も何だかどうでも良くなって、笑ながら涙を拭いて、おばちゃんの籠を受け取って自分のペースでレジを再開した。






並んでいたお客様が全て居なくなるまで、木吉は何故か立読みしながら待っていたようだ。最後の客が店から出ると、名前の側に寄ってきた。

「名前さん、多分変な風に泣かせたんじゃ無いとは思うけど…忙しい時にごめんな」

「ううん、木吉君が場を和ませてくれたからなんとかなったんだよ。感謝してる。ありがとう」

「礼を言われるようなことはしてないさ」

笑って頭を掻く木吉に、少し違和感を覚えた。あれ、そういえば。

「何で私の下の名前知ってるの?今まで話してても教えたこと無いよね?名札は名字だけだし」

先程のレジの時から、自然に下の名前を呼ばれているが、教えた覚えが無い。急に自然に呼ばれるものだから、少し胸が跳ねてしまう。こそばい。

「ん?前に違う定員さんがそう呼んでたから。名前ちゃんレジお願い!ってさ」

「そ、そうなの」

それを聞いてすぐに名前で呼び出すっていうのは中々できることでは無いと思うが、それをしてくれるのが木吉なら嬉しいと思ってしまう自分がいた。目線を泳がせてしたを向く。

「俺、さっきので確信した。名前さんに惚れたみたいなんだ。取り敢えず連絡先交換しない?」

「へえ、そう…は?」

あまりにもさらっと。今何と言った。物凄いことを言わなかったか。私に惚れ、え?

「わ…たしも、さっきので確信したの。木吉君が、好きみたい」

頭ではきちんと整理つかずで理解していないが、木吉の言葉に釣られて、口では素直にそう言ってしまった。これも彼がなせる技なのだろうか。

「おおそうかそうか…何?!」

自分でサラッと告白しておいて、自分がサラッと告白されると何故か驚いている。スマホを取り出そうと視線は鞄に行っていたのだが、一度名前の顔を見て、また視線を鞄に戻し、名前が言っていることを理解してから光の速さで向き直った。盛大な二度見だ。
互いに言ってる事が滅茶苦茶で、向き合って、吹き出した。

「本当か?そうか…そうか!嬉しいな。実は此処にくるまで結構緊張してたんだ」

「じゃあ、さっきの騒動で大部気が紛れたんじゃない?」

「そうなんだ。まあ名前さんは大変だったろうから、喜べんがな」

携帯を漸く鞄から取り出して、操作しながら木吉は言った。何だかもどかしい。

「名前でいいよ、木吉君」

「じゃあ鉄平でいいぜ、名前」

「て、鉄平…君?」

「おい、お前らそろそろ死ね」

一緒にバイトしていた緑間君が突っ込みを入れるまで、二人で騒いでいた。彼氏ができましたよ皆さん!

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