戦国msu | ナノ




※図書館の隆景さんシリーズをご覧になった後にお楽しみください。



何時もの校門を潜ると、そこは何故か別世界。頭上に翻っている旗には、血文字で「Happy Halloween!」と悍ましく書かれている。大学内に入ると、校舎の入り口や花壇、柱、外灯等様々なものにハロウィンの装飾が施されていた。開けた所には、外部から甘味の屋台が数件出店されており、既に列ができている。名前がよく知らない偉い様の銅像にまでも、包帯で何重にも巻かれたお化けの仮装がさせられていて吹き出す。どれも本格的すぎる、何故ここまで大学でお祭り騒ぎなんだろう…と疑問に感じる名前だが、張り切ってフル仮装をしているあたり、楽しみたいとは思っているのだ。

名前の大学には外国語学部があり、他国の文化を学ぶと称して、色々な国のイベント事を大学総出で行うのだ。何故かお祭り事に積極的すぎる大学である。サークルや部活動、個人的な団体なども出店して各々出し物を披露していたり、小さなステージ会場で仮装コンテストなども行なっているようだ。

一般市民にも広報して参加を募っていたので、どこもかしこも学園祭並みに賑わっていた。が、名前はその賑わいの中でポツリと独り溜息をつき、人並みを掻き分けながら歩いていた。
名前は少し気乗りしない理由があった。サークルや部活に所属していないので、友人らと一緒に楽しめないのだ。友人らは出し物の管理の為や店番の為に一緒にイベントを周れない、と事前に断わりがあった。折角のイベント、友人達と是非とも楽しみたかった。
それにもうひとつ。誰も来ないとわかり切った事であるのに、図書館は開放するのだ。イベントの一環として、一般のお客さんに学内の施設も楽しんでもらうという趣旨らしいのだが、学園内敷地に屋台や出し物が蔓延る中で、何故別館の5階にある図書館に人が来ようか、いや来る筈が無い。

兎に角バイトとして図書館の番をしなければならないということだ。

「仕方ない、仕方ないよね、大学内のバイトなんてこんなもんだよね」

口にして自分に言い聞かせながら、賑わっている屋台を泣く泣く素通りして図書館に向かった。名前は一人で楽しむのも癪に障ると思い、バイト時間ギリギリに登校してきたのだった。惨めである。













図書館の扉を開くと、他所と区切られたように静寂に包まれた。図書館は装飾をされずにいつもの状態である。これは学長たっての希望らしいが、真意は謎。予想通り人っ子一人居ない、もぬけの殻状態である。そりゃそうだ、と名前は再度溜息を吐いてカウンターへ向かった。小早川さんはどうせ事務員だから、仮装も何も無いのだろう。見たかったな…その為にならバイトでも何でもござれなのに。不貞腐れて鞄を雑にカウンターに放ると、カウンターの真ん中に紙が一切れ置いてあるのに気付く。手にとって見てみると…

『本来楽むべく日に、アルバイトご苦労様です。追い打ちをかけるようで申し訳ありませんが、諸用を仰せ仕りましたので、暫く図書館を頼みます。隆景』

とあった。
名前は勢い良く頭をカウンターに突っ伏した。頭を強打したが、それすらどうでもいい。小早川さん、それ本当に追い打ちです…。
名前もバイトがあることは残念に思っていたが、隆景と時間を共にできるのであれば乗り切れると思っていたのだ。話し相手の意味合いでも、少し好意を抱く事務員としてもだ。その隆景も居ないのであれば、名前にはこれからの時間はただの苦行でしかない。

「ああ…絶望だ」

「あ、やっぱり不貞腐れてる」

べそをかいていると、急に人の声がした。驚いて起き上がって見回しても、図書館にはやはり誰も居ない。
空耳かと思いきや、カウンターの隅から毛で覆われた獣の耳の様な物がひょこりとのびていた。

「?」

仮装の耳だろうか?しかし毛並みがふかふかしていそうで、モコモコした肌触りが好きな名前は、徐々に距離を詰め息を飲んで恐る恐る手を伸ばしてみる。

「やっほー名前、図書館は開けてるって聞いてきちゃった」

名前がその耳に触れる前に、カウンターにひょこりと顔を出したのは、養護教諭の半兵衛だった。

「半兵衛先生!どうしたんですか、図書館にわざわざ来るなんて…」

耳に触れなかったのが残念で、隠れてのびていた手をしまう。半兵衛は伸びをしながら立ち上がったのだが、その姿に名前は動揺する。

耳はさることながら、服装は昔の外国の貴族が着ていたような上品な少年服で、古さを強調しているのか、ヨレや切れ、薄汚れた仕様だ。膝上程のパンツに、長い黒いソックスなので、半兵衛の幼顔が更に際立ち本当に合法ショタ…ではなく少年に見えた。何より、頭につけた本物の獣のようなよくできた耳と、針金か何かで作ってあるのか、くるんと渦をかいたふかふかの尻尾が、名前の心を此処ぞと擽った。

「んん、眠い。隆景さんから聞いたから、暇してるかなと思って来てあげたの。俺自身保健室閉まってるから暇だし」

「…半兵衛先生!」

「名前は魔女か。尖り帽子にミニスカ、すっごい可愛いねえ…って名前?」

「可愛いのは半兵衛先生の方です!それ化猫って事でいいですよね?」

「あ、さては俺のあまりの可愛いさに酔ったでしょ?ほらほら尻尾だにゃー」

身悶えていると、半兵衛は悪戯な笑みを浮かべて、名前に向けて軽くお尻を降って、愛らしく尻尾を揺らした。ふりふりと揺れる尻尾に、名前の中で何かスイッチが入る。

「半兵衛先生、トリックオアトリート」

「へ、ああお菓子ね。ここにちゃんと…」

「では悪戯で」

名前は半兵衛がお菓子を出すのを待たず、悪戯と称して半兵衛の背後に飛び掛かった。

「うわあ!何事?!」

「ああっ想像通りのもふもふなお耳!ああもう可愛いかいぐりたい」

半兵衛の肩に手を置いて、半兵衛が驚いて少し屈んだ隙に、目当ての耳に手をのばして鷲掴みにする。撫でて揉んで、存分に堪能して名前は幸福感に満たされ、これまでに無い喜び様だ。半兵衛は名前の様子にたじろぐが、面白い姿が見えたと此方も満足そうだ。
後でどうこの乱れた様をからかってやろうか。半兵衛は身体はされるがままだが、頭は後の盛大な悪戯へと働いていた。

「名前、猫はもう少し優しく扱わないと。痛いと嫌いになっちゃうよ」

半分屈んでいる半兵衛の背後から肩に手を起き、片手で耳やら尻尾やらを堪能している名前だが、特に耳を触る時に体が密着しているのに気づいていない。背にあたる柔らかい肉の感触を、半兵衛はこれまた黙ってこっそりと楽しんでいたが、流石にこれ以上は止めなければ。十分楽しんだ後に静止の声をかけた。

「はっ、私つい…ごめんなさい半兵衛先生」

漸く我に返る名前は、自分が先生に対ししでかした事に失態を隠せなかった。指摘されるとすぐに離れる。親しいとはいえ先生に何てことを。
半兵衛は屈んだ状態から立ち上がり再び伸びをする。唸って身体をのばして名前の方を向いた。

名前は気まずくて半兵衛から顔を逸らすのだが。次の瞬間柔らかいものに身体を包まれた。

「仕返し」

思いっきり半兵衛に抱き締められている。名前は突然の予想外の出来事に何をされているか理解ができない。半兵衛はお構いなしに名前の背に手を回して自分の体に押し付ける。
最後に一度、腕に力を込めて名前を胸に埋めて、パッと手を開いて離れた。

名前はそのままの状態で放心している。が、半兵衛が名前の顔の前で手を振ると、漸く事を理解したのか、顔が徐々に赤くなり口を手で抑えた。言葉にならない声を発して震え、身悶える。その反応を待っていましたとばかりに半兵衛は爆笑した。

「んなっ、な、なっ」

「ひー!自分では飛びついてきておいて、される側だと初心なんだから!」

「わっ、わたわた私」

「ひー…ああ面白かった。権力は行使するもんだね。て事ではい、これ」

まだ気持ちの整理がつかない震える名前に、半兵衛は何かを手渡してきた。紐でしっかり口がとめられた茶封筒だ。手に無理矢理挟まれたので、取り敢えずは受け取る。

「これは…?」

「それを官兵衛殿に届けてきてくれない?届け終わったら、イベント楽しんでおいで。俺が番しててあげるから」

思ってもみない提案に、名前は我に返って半兵衛を見た。半兵衛は既にカウンターの椅子に腰掛けて、欠伸をしてくつろぎ始めていた。本当に番をしてくれるようだ。

「本当にいいんですか?先生は先生でやる事があるんじゃ」

「んー今日は保健室閉まってるし。お菓子もらう為に来ただけだから。ノルマ達成して後は寝るだけだよ。」

「でも仮にも人が来たら業務が」

「なんとなーくやっとくって。兎に角、俺昼寝できれば何処でもいいからさ」

カウンターに身体を倒して、寝る体制になって手を振った。目が閉じかけて船を漕ぐ様は、まさに"寝子"である。ああ本当に可愛い。
ここは半兵衛の申し出をありがたく受けよう。きっと人は来ないだろうし。

「半兵衛先生、ありがとうございます!いってきまーす」

服を手で払って整え、茶封筒を大切に鞄に仕舞う。

「あ」

鞄の中を見た時に、名前はある物を持って来ていた事を思い出し、それを取り出して、伏せている半兵衛の横に置いた。

「ありきたりですけど、手作りのクッキーとキャンディの詰め合わせです。では」

半兵衛は眼を擦りながらしっかりラッピングされた袋を手に取った。お菓子が本当に好きらしい。

「ありがとー。お返しはさっきの温もりってことで」

「半兵衛先生!折角話がそれてたのに!」

寝ぼけながらもからかいは忘れないとは、半兵衛にはやはり頭が上がらない。

先程の温もりの感覚は、まだ名前の肌に残っていた。可愛い見た目とは裏腹に、筋肉が服越しに伝わってきていたので、考えると心臓が激しく脈打つのだ。可愛い毛皮を被った先生、それも頭が良く回る侮れない男性なのだ。

気軽に接していたが、彼も男性なのだ。これ以上からかわれる前に、少し考えて行動しよう。自分が持たない。

図書館を出る際に横目で半兵衛を見るが、背中が小刻みに揺れているのを見ると、また笑っているらしい。いつか仕返しをしてやると考えて、官兵衛の元へ急いだ。


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