戦国msu | ナノ





「今年のは変わってるなー。」

「色も変わってるし初めてあんな形の花火見たねー」

海の堤防に敷物を敷いて腰を下ろし、暗闇に咲く夏の風物詩・花火を楽しむ名前と豊久。咲いては消え、また咲いては消える花火一つ一つに、目をきらきらとさせて見入る豊久。その顔を花火が更に明るく照らす。それを横目で眩しそうに眺めるのは名前であった。
名前と豊久は幼馴染であり、高校生になると其々違う学校に進んだにも関わらず、こうして地元のイベントがある毎に二人で出かけた。
そうで無くとも帰り道に出会うことが多く、一緒に帰宅したり寄り道して遊んだり、兎に角仲がいい親友だった。

だったのだ。過去形だ。
名前は隠れて溜息をついた。

名前も高校生になると、今迄に意識しなかった性別の壁を感じていた。お年頃で、要するに豊久を意識するようになってしまっていた。それは高校が始まってからすぐであり、もう一年以上経った。

「おー!スターマインだ!」

「田舎根性見せつけてくれるね、今年の花火は!」

「俺、ここの祭でハートマークの花火が見れるなんて思わなかったよ」

「去年は渦巻きを永遠と打ち上げてたよね…進歩進歩」

スターマインが始まると、豊久は嬉しそうに身を乗り出した。毎年見ているのに、この子のリアクションは毎回新鮮味を帯びている。変にませてきている自分と違って豊久は変わらない。比べると悲しくも、そんな彼が好きなのだと名前は思う。

「あー部活から急いで帰ってきた甲斐があった!」

「よかったね。調度始まる頃についたっけ。しょぼい地元花火だけど、今年がこうだし来年も期待できるかも?」

「そうだよな!へへ、俺、昔から変わらずにお前とここに来られる事が嬉しくて堪んないんだ。」

「そっ、か。私もだよ」

「来年も楽しみだな」

「もう来年の話?まだ花火の最中ですけど」

駄目だ。この子は純粋すぎる。
今更この深い友情を壊したくない。

豊久は歯を見せて笑って見せた。スターマインに照らされて一層眩しく、何時もなら可愛いと思える豊久の笑顔を、名前は素直に喜べない。それどころか胸に細い針が刺さったような痛みがした。何とか話をそらせたが。
どうして彼を好きになってしまったのか。自分のこの気持ちは、彼にとっては煩わしいだけだ。豊久は自分を特別な人と思ってくれているが、それは友情だ。

「また来年も来ようね」

「ああ!」

笑顔を作って、この思いを封じる意を込めて無理矢理に豊久に返事する。もうこんな事も慣れっこだった。










花火が終わると、例年の如く豊久のお家にお邪魔して、屋台で買ってきたたこ焼きやポテトを広げて、お盆休みの特番を見た。

大体花火で満足する名前と豊久は、この時間は無気力になり脱力してぼうっとTVを見る。名前にはこの時間さえ心地よいのだ。

電子音ではたと気付くと、豊久の部屋の壁掛け時計が23時を知らせたところだった。そろそろ帰らねば。本当は名残惜しいのだが。

「じゃあ豊久、私そろそろ帰るね」

何時もならここで半分眠っている豊久が寝ぼけながら「ふぁーい、お休み〜」と送ってくれるのだが、今日は返事がない。

不思議に思い豊久を見ると、どうやら今日は眠くないようで、胡座をかいて少し俯いていた。いつに無く真面目な表情に見えたので、名前も瞬きして、あげかけた腰をまた座布団クッションに戻す。

「どうしたの豊久、お腹でも痛い?」

不貞腐れるか、体調が良く無い時にしかこんな顔はしないので、名前は状況から後者だと思い顔を覗いた瞬間。
豊久の硬い胸の中に収まっていた。

「え」

「うう…!駄目だ、我慢できない」

豊久の体格のいい体に収まっている。それも、彼から思い切り強く抱き締められているのだ。硬い胸板に強く体が押し付けられ、自分の胸も潰れる程当たって居るのが伝わって来て、顔面に急激に熱が集まるのがわかる。
これは、友情のスキンシップにしてもタチが悪い。状況を楽しめる程余裕を持ち合わせていない名前はすぐに豊久を押して離れようとする。

「と、豊久、行動が唐突すぎる!…じゃ無くて、流石にハグは好きな子だけにしといて!友達にそんな事しちゃ駄目!かっ勘違いしちゃうから」

冷静に振舞おうとするが、動揺して呂律がうまく回らない。
すると豊久少し力を緩めたので、隙を見て腕から逃れようとするのだが、今度は密着した状態で両肩を掴まれてしまった。そして目と鼻の先に豊久の顔が。がっちり固定で動けないし、密着度は先程と左程変わっていない。心臓に悪い。やめてくれ。
豊久は顔を赤くしたままムキになって表情を強張らせていたが、視線が合うや否や眉が下がって緩んだ顔つきになった。

「そう、そうなんだよな…友達同士はこんな事しちゃ駄目なんだ。だけど、なあ名前、今言った勘違いってなんだ?」

「え…勘違い?」

「ああ、お前がこうされて思っちゃう勘違いって何だ?…ごめん、言わせるのは卑怯だってわかってるけど、確信が欲しいんだ…今まで俺たち仲が良い友達だったから、もし俺と違う気持ちならって思うと、悲しくて」

そう言うと更に眉を下げて、目を伏せた。その姿が拗ねた犬と被った事と、豊久も自分と同じ思いで悩んでいたのかという安堵さで、名前は力が抜けてくすりと笑った。
嗚呼、お互い様だったんだな。近すぎてお互い似てる事、忘れていた。
名前は横を向いて一度深呼吸をしてから、豊久にしっかり向き合い、だが性格故に照れ臭くて斜めに視線を落としながら答えた。

「こうやって抱かれるとね、豊久が私の事を、す、好きなんじゃないかなあどうかなあって勘違いしないでもないかな…そうだったら嬉しいなあ何て…」

最後の方は消え入りそうな声で、物凄く早口で言った。が、どちらにせよ豊久が再び思い切り飛びつく勢いで抱きついて来たので、最後まではっきり言えなかった。

「ああ、よかった…名前も俺と同じ気持ちだったんだな」

「豊こそ、私と同じだったんだね」

安堵から、豊久は先程よりも体重をのせて抱きしめてきたので、今度は恥ずかしながらも負けじと抱きしめ返してやった。
その時にふと、幼い頃の記憶がこぼれてきた。その時は名前が豊久を抱きしめていた気がする。確かあの頃は豊久が可愛くて仕方が無くて、わんこを愛でるように抱きしめたっけか。それが今は大きくなっちゃって。

「お互い我慢して損したな」

「ね」

豊久が笑ったので、名前もつられて笑った。だが、豊久の手が脇腹あたりを撫でてきたので、擽ったさから更に笑う羽目になる。

「ふふあははは!擽ったいよ豊久!」

「何だよ、もうちょっと色っぽい声が聞きたいんだけど」

「は」

目が点になる。てっきり犬がじゃれつくように、甘えて来てるのかと思いきや。彼は野獣に変貌しようとしていたのだった。

「えっ、と、豊久?」

「ずっとこうしたかったんだ。お願い…駄目?」

大きな目で見つめてくるおねだりに、昔から名前は弱い。ま、まさか豊久がそこまで考えが至っていたなんて。私が気づかないうちに男になっちゃって。

名前が小さく頷いた後に、してやったりと薄く微笑む獣な豊久がそこに居た。
チャンネルを手探りで見つけてテレビを消し、名前に噛み付いた。

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