戦国msu | ナノ




○小太郎(婆娑羅)


「、小太郎…」

「…」

「こんな…雨振りで、ご苦労様です…」

「…」

「ちょ、触らないで下さ…感覚無くて…」

「…」

「でしょ?この、傷じゃ…ごほっ」

森の深い所で打たれて人知れず死ぬ、筈だったのになあ。絶妙なとこで見つけるんだから。
北条の重臣殺めちゃったから、小太郎に殺される筈だったのに、逃げる最中に他んとこの忍が紛れてるなんて。悲しいなあ。
水滴が血を流してくれる、こんな私も一緒に流してくれる。泥々な地面も心地が良い。
小太郎は刀で服を切り裂き傷の具合を見たようだが、すぐに離れた。

嗚呼、最後は小太郎がいいなあ。

「小太郎、こたろうに…最後のお役目、果たして貰いたい、です。どうせ放かっといたら、死ぬけど…ううんと、何かあげれるもの…あ、それ。そこに生えてる、紫陽花…あれが報酬…如何?」

ぼやける視界で戦闘中の記憶を頼りに辺りを見ると、赤紅の紫陽花を見つける事ができた。小太郎の髪の色に似て美しい。
小太郎は指差された紫陽花を手折り、手に持たせた。了承と捉えてよいだろう。小さく微笑む。

持たされたのとは反対の腕で、力を振り絞り小太郎の髪に触れる。顎紐を解き、小太郎が甲冑をとると、ぼやける視界と雨や樹々の陰りで灰の如く暗い中、小太郎と紫陽花の紅は際立ち目に焼き付けられた。紅い。紅い。

不意に、体が浮いて腕の中に収められる。
あたたかさはもうわからないが、小太郎の心音が耳に響く。自分の小さな心音も呼応して打った。目の前は乱雑に広がる、小太郎の髪の紅。

紅い、紅い。美しい紅だ。

ふと、前髪に隠れた目と視線が合った気がしたが、同時に抱かれる腕が僅かに力が込められたのだ。嗚呼、小太郎、貴方やっぱり、誰よりも人間らしい。そんなに綺麗な目をして、私の願いもきっと風に攫って消してしまうのね。
喉元に充てがわれた鋒を確認すると、そのまま瞼を下ろす。

「…ふう、ま」











小太郎の腕の中に収まる女は、大きく息と血を吐くと息耐えた。小太郎は刀を鞘に収め、女の髪をかき上げ喉元を晒す。

その白い首喉に、一筋も傷は無い。

小太郎は女に止めを刺さなかった。息耐えるその時まで腕に収め、見届けたのみであった。それは刺客抹殺の任を完了させる為か、女を見届ける為か、誰にもわからない。

泥に女を寝かせ、握られた紫陽花を掬い上げる。
その紫陽花は赤紅などでは無く、血で赤黒く染まったものであった。小太郎の髪も、水滴を含んで同じように赤黒いのだ。
小太郎は周りを見渡す。
一帯を囲むように咲いた紫陽花は赤黒い血で染まり、女の周りには其々無残な忍の骸が転がっていた。
目玉が飛び出し、首から空気を通す管が覗き見え、掻かれた腑には、血で汚れていない青い紫陽花が添えられている。女が手向けた物だろうが、腸から咲く青は極めて残酷に亡骸を引き立てていた。

「…青い紫陽花はお前には似合いだ」

まるで、一迅の風の様に。骸の青い紫陽花を取り、一瞬で散らせた。萼が一枚落ちて、女の目元に落ちる。まるで泣いているかのように。

小太郎は踵を返す。女の願いを風と攫って、消えた。

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紫陽花の花言葉「無情」「貴女は美しいが、冷淡だ」

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