戦国msu | ナノ





二限の授業が終わった頃、名前はいつも以上に眠気と怠さに襲われ、昼食になると食堂の机に突っ伏していた。友人の甲斐がカレーうどんを二人分のせたお盆を持って、名前の横に座る。
甲斐は見た目はとても可愛らしくお洒落も上手で女子力は高いが、男勝りですっぱりした性格なので、名前と何処かうまが合っていた。

「ちょ、あんた食堂で突っ伏すのは良く無いわよ。何?夜更かししてたの?」

「うぐう。ごめん。何か起きる気にならない。うどんも頼んだはいいけど…食べれるかな…頭が覚醒しなくて」

「…え?ご飯も要らないの?昼までのレポートに追われつつも食事だけはがっつり食べてた食い意地の塊の名前が?!」

甲斐は大袈裟に驚いて見せるが、その憎たらしい口に反抗する気力も名前には無かった。いつものリアクションが無いのを不審に思うと、甲斐は漸く本当に名前がおかしいと気づいた。
丸まる背中の呼吸が速い。もしやと、突っ伏して露になっている名前の首に手をあてがった。

「あー、あんたこれ確実に熱高いわ」

「熱?違うよ、ちょっと眠くて怠いだけ」

「息荒いし熱いし、怠い、眠い、食欲無い。認めなさい、完璧に熱よ。そんな状態で何が違うっつーの…大丈夫?」

先程の茶化しとは裏腹に、優しく背中をさすられ、温もりにめをつむる。こんな所が甲斐の良い所なのに、周りの男諸君は見る目が無いなあと思う。
たまに爆発して手につけられなくなるが。酒に呑まれた姿を見られたら終わりである。

「でも次の黒田先生の授業休みたく無い…」

昼食後一番の授業で、あまり休みたく無い黒田官兵衛の講義があった。官兵衛の授業は淡々としているが分かりやすい。そして毎時間授業時間内でレポート製作をさせるので、一度でも休んでしまうと成績が大幅に減点されるので嫌なのだ。

「そんな事言ってる場合?何時もよりほうけた頭で、黒田先生の授業でレポート書けると思ってんの?それとも、突っ伏して講義に居るだけでいいと思ったら大間違いよ。体調悪くて聞けないなら尚更出て行け、って言うのが黒田先生なんだから」

「うう。でも、今日はバイトも…」

「駄目!授業後なんてもっと駄目!黒田先生には私が直接事情説明するから、あんたは図書館のふんわりイケメンに休むって連絡しなさい」

甲斐の気迫に押されていると、体が段々自覚してきたのか体が熱くなってきた。病気だと言われると途端に体が辛くなって来る。名前もこれは良く無いと感じ始め、促されるまま図書館に連絡を入れようとするのだが、ある事に気付く。

「私小早川先生の連絡先知らない…」

「は?!バイト先でしょ?業務用携帯とか知らないの?」

「聞くの忘れてた」

「はー…あんた、どっか抜けてるのよね…」

甲斐は頭を抱えてしまった。大学の図書館とはいえバイトである、連絡先を聞いておくのは常識だが、名前にはその頭が無かったようだ。隆景も特に何も言っていなかった筈。

「学校の事務の人に連絡してみる。きっと伝えてくれると思うし」

「それが妥当よね。私も今日は直でバイトだからなあ」

「いいよ。ありがとう、このお礼は後日…。じゃあ帰る」

「お礼はこのカレーうどんでいいわ。授業まで時間があれば送るんだけど…ごめん、急いで掻き込む!お大事にね」

甲斐はズルズルと高速で啜り始め、片手を振って早く行くように促してきた。結構な量があるカレーうどんを二人分、しかも短時間で…啜る顔は熊であった。安定の男前さに苦笑いしてフラフラと立ち上がり荷物を纏め、名前は食堂を後にしようとする。

「ふご!げほっ、…待って名前ー!もし薬が無いなら医務室行くとただで薬とか貰えるわっ」

出口まで来た時に、甲斐が噎せながら名前に叫んだ。情報は大変有難いのだが、うどんで噎せるわ大声で叫ぶわで美人が台無しである。周りの視線を浴びる甲斐の名誉の為にも手を振って、足早に食堂を去った。












甲斐に言われたとおり、名前はふらふら医務室へ向かった。薬はアパートにあることはあるのだが、正直家から適当に詰めてきたので効くものがあるか覚えていなかった。知識がある養護教諭の意見を仰ぐに越したことはない。

もう一つ、心細いのが一番の理由だった。独り暮らしを始めたばかりの時は、例え家事があっても一人の自由な生活を楽しんでいた。だが今体調が悪くなってみると、看病してくれる人や気にかけてくれる人も居らず、独り暮らしになって初めて寂しさを感じていた。せめて人がいる大学で休養したいのだ。

友人らは授業だと考えると、真っ先に図書館の隆景が思い浮かんだ。彼は大人であるのと、つい甘えてしまいたくなる包容力があった。自分のもう一つの居場所と言っても過言で無いくらい、名前にはバイトは大切のようであった。自分がこうならなければ気づきもしなかった。
だが今は行っても迷惑をかけるだけだ。医務室が一番であると、寂しさを拭い足を進める。


そもそも大学に医務室があることも知らなかった。高校は休めるのを良いことに入り浸る生徒や、保健室登校の生徒が居たので印象強く残っているのだが。大学自体が自由で彼方此方でたむろしたり、大学から出てお茶しに行けばいいのだから、保健室は本当に緊急で体調が悪い人しか利用しないのだろう。

知らなければ場所も分からず、校内図を頼りにすぐに辿り着いた。大学内で一番古い館の一階で、隅の部屋だった。名前の学科ではあまり利用しない館なので知らないのも無理は無かった。
白い扉にノックする。

「失礼します。体が怠いんですけど…」

しかし、返事はない。取り敢えず中に入らしてもらうが、電気はついていても誰も居なかった。部屋には教論用のデスクや椅子、資料の棚薬品棚、冷蔵庫、カーテンがしめてあるベッドなど、名前の想像よりしっかりした医務室だった。

「あれ…お出かけ中かな、っと」

視界がぐらりと揺れて、名前は壁に寄りかかる。また熱が上がってきたようだ。怠くて頭に熱が篭っている。すぐにでも横になるなり座るなりしたかった。

「椅子、借りていいかな…」

荷物を床に置いて、悪いとは思いつつ目についた丸椅子に腰を重く下ろした時だった。

「ふあああ。ん〜ごめんごめんちょっとベッドメイキングを…」

「?!」

ベッドのカーテンが突然開き、中から目をこすりながら少年が出てきた。
身長は名前よりかは大きいが、とても中性的な顔立ちをしており、幼顔だ。何故こんな所に少年が?というかベッドメイキング医務室に要らない!と困惑するのだが、同時に寒気から体が震えてきてしまった。

「っと、良くないみたいだね。吐き気とか痛いとかはある?何時から?」

「ええと、寒気と怠さ以外は…頭がぼーっとします。今朝からちょっと怠かったんですけど、さっきから酷くなってきて」

「成る程。ちょーっと失礼」

「ひえっ」

頭を引き寄せて少年は自分の額を名前の額にくっつけてきた。予想外の熱の測り方で名前は胸が跳ねる。少年の鼻が自分の鼻にあたるのだ。つい身を固めて目をつぶる。これは逆に頭に熱が篭って行のでは無いだろうか。

「凄い熱。はい、ベッドに横になって休んで休んで」

「あ、りがとうございます」

腕で抱えるが震えが止まらない。寒い。謎の少年は名前の様子を見るとすぐに額に手を当て熱を確認し、肩を押してベッドに寝かせた。名前は戸惑ってされるがままベッドに横になり、布団を被った。布団は温かく、そこで先程まで少年が寝ていた事を物語っていた。悪寒がする名前には調度良いのだが、医務室のベッドで堂々と寝るこの子は誰なのだろうか。
少年はてきぱきと体温計を持ち出し名前の脇にさして、冷蔵庫から取り出した氷枕をタオルで巻いて頭の下に入れていた。
枕の冷たさが頭に浸透して行き、気持ちが良い。

「取り敢えずよしと。布団あったかいでしょ?俺が君の為に湯たんぽしといたから」

「いえ、明らかに私来る前にお昼寝してましたね」

「あれーバレバレ!」

謎の少年は口元を抑えて驚く振りをしているが、先程のおでこといいどうも仕草がわざとらしい。
見た目程若く無いのかも…と考えたが、よく見ると白衣を羽織っているので(幼さ故に白衣に着られているようにも見える)、この人も隆景と同じ口で見た目は若いのに年齢不詳なパターンのようだ。
彼が養護教諭なのだろう。この学校は恐ろしい。

自然と口角が上がると少年も笑んで、額の上に手をそっと乗せてきた。

「横になったら眠いでしょ?今は寝て、熱を出し切っちゃおう」

言われた通り、魔法のように先生の手が心地よくて眠気が襲ってきた。そのまま目を瞑ろうとする。
しかし手の温もりで、何時も撫でられる頭の温もりをふと思い出した。

「あ、事務に…図書館バイト…小早川さんに休むって連絡しなきゃ…」

意識が朦朧としているので、我ながら滅茶苦茶な事を口走っている。一から説明する気力もない。だが、先生は何故か名前の言葉を汲み取ってくれたようだ。

「ああ、隆景サンには俺からちゃんと連絡しておくよ。安心してお休み、図書館バイトの名前さん」

そうか、伝えてくださるのか。安心しきってすぐに意識は薄らいでいった。
何故この養護教諭が、名前の名前とバイトの事を知っているのか、考える暇もなく。


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