戦国msu | ナノ




名前は大学敷地内の隅で必死に格闘していた。本当に殴り合いをしているわけではなく、しゃがみ込み目を凝らして一生懸命探していたのだ。四つ葉のクローバーを。









ことの発端は先程の空き時間。名前が司書室の掃除をしていた時の事だった。隆景の私物だという山積みになった本は、触るにも落ちてきそうで、掃除するのもハタキをかけるくらいしかできない。なのでどかせる小さな山はどかして、他は適当に叩いて済ませていた。たまに叩いても埃があまり堪らないあたり、きっと隆景は私の知らないところでしっかり読んでいるのだろうな。よく見れば山が動いていることもある。恐ろしい文字中毒者だ。
山の掃除は程々に、隆景が普段作業をしている机の取り掛かる。こちらは散らかっているというより、規則性を持って書類等積まれていたりするので、恐らく仕事関係のものなのだろう。少しどかして拭いて早く済ませようと、書類を持ち上げた時だった。

ふと一番上の書類に目が行くと、小早川隆景の字が目に入った。どうやら履歴書のような、プロフィールや経歴が書かれている紙だった。他に知らない人の名前もあるので、何かのリストだろうか。
いけないいけない、個人情報。それ以前に仕事の書類は見ちゃ駄目。
頭を振って書類から目を離そうとするのだが、隆景の生年月日の欄が目にとまってしまった。必然的である。あの年齢不詳なふんわり系イケメンの年齢が遂に明かされるのであるものだから、抑制心は何処へやら、好奇心には勝てず。今こそ小早川隆景の年齢を暴く時ぞ…!と、そっと視線を数字に落とす、が。

「…あれ、隆景さんの誕生日明後日だ」

西暦より、誕生日の方に目が行った。日付が近かったからである。そうか明後日か…お世話になっている事だし、知らずうちに結構打ち解けたとも思うし。何かあげようかな。ともあれ生まれた年は…と横に視線をずらそうとした時だった。

「おや、お掃除ご苦労様です名前」

「ひっ!」

「ひっ?」

扉が開く音と、隆景の声が響いた。名前は分かり易く肩が跳ねて変な声を上げてしまった。これでは悪い事をしてました、と言っているようなものだ。有難いのは表情を見られていないことくらいか。

「…吃驚しましたよ!ちょっと考え事してたので」

「それは失礼しました。私と名前以外入る者が居ないと思うと、ノックをしそびれますので」

一度表情を作り直して、意気込んだら向き直り出来る限り自然に返事をする。隆景が申し訳なさそうに言うあたり、どうやらうまく誤魔化せたようだ。

「いえ!私もノックなんて上品なことを此処の扉にしないので。ぼーっとしてたのは私なので!」

「上品以前に礼儀ですが…まあお互いよしとしましょうか」

笑う隆景を余所に、兎に角早くやり過ごそうと、持ち上げた書類を戻して適当に机を拭いたら、そそくさと入れ違いでカウンターに戻った。


結局年は明かされることが無く残念極まりないが、代わりに隆景の誕生日はゲットしてしまった。隆景ファンの子達に売ろうか…とも冗談で考えたが、知ってしまった以上何か祝わねば、水臭い。でもプレゼントといっても、大人の男性にあげるとなると高いものは手が届かない。食べ物は形が残らないからつまらない。
図書館の勤め後、授業の合間にパソコンを弄りながら、名前は頭を抱えていた。何か無いだろうか。
隆景の好きなものは本だ。だがどのジャンルの本を送ればいい?何でも字なら喜びそうだが…ああわからない。
某通販サイトで本を検索していたのだが、悩み腐った時に関連商品の中に栞を見つけたのだ。

「栞…栞かあ。あれなら高く無いし、実用的だし、いいかも」

本が好きなら必ず欲しくなるし、そう高価でなくてもいい。よし栞にしよう。取り敢えず栞について調べようと、検索にかける。適当にページを開いていると、押し花の手作り栞を取り上げるサイトに辿り着いた。

「うわ、綺麗…素敵。こんなに綺麗に出来る物なんだなあ」

そこには季節の花や草を、シンプルで綺麗に綴じた栞があった。風情があり、何故だかとても隆景に似合う気がしてしまった。作り方や必要な道具も全て丁寧に纏められている。此れしか無い。一度決めてしまうと、燃えるのが名前である。




















「無い…無い…何でこういう時に限って見つからないの」

そんなこんなで、名前が綴じようと思ったのは四つ葉のクローバーだった。
初めはどんな美しい花にしようかと迷ったのだが、如何せんアパートの付近には大学の敷地内の隅にしか小さな植物が生えておらず、公園などにも木しか無かった。花はあったとしても、花壇に立派に咲いている大きなものしか無い。足を伸ばせば少し茂った所もあるのだが、何せ時間が無い。押し花するには2日では少し足りないくらいだった。元々地元の田舎で、小さい頃にはよくクローバー、白詰草の花を冠にして編んでいたので、名前は好きだったのだ。
大学の隅のちょっとした広場に沢山雑草やら茂っている場所にクローバーがあるのを見かけたのを覚えていたので、図書館のバイト前に来たのはよかったのだが。必要な時に限って見つからない。見つかる時は、大体固まって見つかるのだが。かれこれ数十分目を凝らして居るのだが、どれもこれもが三つ葉だった。

「ああ…こんなにあるなら一個くらいあってもいいのに!」

「この辺に四つ葉は無いと思うよ?」

「!」

こんな敷地の隅に人が来るとは思わず、つい体を跳ねさせる。今日は背後からよく声をかけられるものだ。

「やあごめん、脅かすつもりは無かったんだ。ここは探しても無駄だから教えてあげたくて」

振り向いて見上げると、白髪に白い髭、そして柔らかい雰囲気と謎の大きな存在感を持つ、この学校で誰もが知る人物が其処には居た。

「も、元就学長様!」

「あはは、様付けか。照れるね」

そう、噂の凄い学長、毛利元就だった。スーツ姿だが、何処か着崩れているのかしっかりとした印象は受けない。優しいおじさんという感じだろうか。しかし名前も直接対面するのは初めてで、少し緊張して身なりを整える。

一代にして学校を設立し、巧妙な手口…もといその智略を持ってして色々な事業に手を出していると聞く。一度プレゼンを聞いたことがあるが、名前には凄すぎて何を言ってるかちんぷんかんぷんだった。おまけに回りくどくて子守唄になるオプション付きである。
因みに彼も年齢不詳であった。噂では100をも越えると聞くが、そんな訳がない。

尊敬の念からつい様付けで呼んでしまうと、元就は後頭部を抱えて笑った。

「小早川さん…」

に、似ている。隆景とは父子の関係だと知っているし、ふと笑った顔を重ねてしまったのだが、慌てて口を塞いだ。無意識に名前を漏らしてしまうなんて、何だか照れくさいではないか。

「え?隆景?」

「い、いえ何も。」

「…ああ、もしかして。隆景が話してた学生さんは君か。名字さんだっけ?」

「え?」

元就に聞こえてしまったものはしょうがないが、隆景が自分について何か話していたようだ。
学生のアルバイト風情が話題に上がるなど…もしや。

「小早川さん、何かお話しされてたんですか?ま、まさか私がしでかした悪事を!学長にまで口をまわして…?!」

暴れたり走ったりはたまた事故とはいえ本を破ったり。見に覚えがあったので一人で慌てふためくと、元就は声を大きくして笑った。

「そうそう、やっぱりそうだ。君が名字名前さんだね。色々話は聞いてるけど、悪い事じゃないから安心して」

「際ですか…」

腹を抱えて笑う元就に少し安堵したが、では何を話していたのか逆に気になってしまった。この返答で私だと確信するとは、やはりあまりいい事を話してないのでは…。

「本題に戻るけど、四つ葉はもっと人が多く通る場所じゃないと」

元就は初めの話に戻して、足元のクローバー達を眺めた。何故そんなことがわかるのだろうか。

「何故かって?四つ葉のクローバーはね、成長点を傷つけられることによって、四枚目が分離されるんだ。踏まれたり何かしら刺激を与えられるとすれば、人通りが多いところなんだよ。日当たり悪いし」

顔に出ていたようで、元就はさらりと答えを返してくれた。何でも無いかのように知識を披露してくれるので、益々尊敬の念を抱いてしまう。今は四つ葉がどうしても必要だから尚更だった。

「成る程!流石学長。じゃあ、えっと…」

「あっちは人通りが程々にある。気晴らしに散歩してるんだ、一緒に探すよ」

恐れ多くも、学長自ら付き添って下さった。誘導されるままについて行くと、確かに人が通るよう、適当に慣らしてある道の真横に、クローバーがあった。ここなら元就の言う条件にピッタリだ。
早速二人でしゃがんで四つ葉を探し始める。何故だか、こういうことをしている学長はしっくりくる。ご隠居なイメージだ。本人には言えないが。

「何故四つ葉のクローバーを探しているんだい?今時の学生は余裕が無いのか、下ばかり向いて中々周りの世界に目を向けなくなってしまった。珍しいと思ってね」

元就が話しかけてきた。今時、という言葉に名前は苦笑いする。如何にも年長者に言われそうな話だ、耳が痛い。

「私も所謂『今時』の学生ですよ。四つ葉も、押花にして誕生日プレゼントにする為に探し出しただけですから」

「君はクローバーが学校のあんな目立たない所にあるって知ってるじゃないか」

ぱっと顔を覗き込まれた。その大きな、全てを知るような瞳に吸い込まれそうになり、慌てて弁明しようとするのだが

「あ、見つけた!」

元就の足元に、目を皿にして探していた四つ葉があったのだ。元就は重たく腰を上げて頭を掻いた。

「やれやれ年寄りは目が悪くていけないなね、踏んずけてしまう所だったよ」

「灯台下暗しとは言いますけど、元就学長は本当に灯台の様なお方ですよね…。でもありがとうございます、元就学長のお陰です!」

「はは、面白い発想だね。私なんてただの学校長に過ぎないさ。それに、やはり君は小さな幸せを見つけるのが得意と見た。私は何もしていない」

偉大な自分の事は謙遜しておいて、私の事はベタ褒めするものだから困る。

「偶然ですよ。田舎出身なので、周りの物が全部珍しかったり懐かしかったりで…ええと、上手く言えないんですけど田舎者って事です!」

「はは、そういう事にしておこうか」

頭にぽん、と手を乗せられたのだが、これも瞬時に隆景にされた時と重ねてしまった。あたたかくて意外に大きな手。何なのだこの親子は。どうしてこんなにも甘えたくなってしまうのか。

手を振り払おうと上を向こうとした時、急にドンと体を押されて盛大によろけた。元就に押されたのだ。

「うぐっ!?…ちょ、学ちょ」

「父上、こんな所におられましたか。とっくに会議が始まっておりますよ」

「ありゃ、もうこんな時間だったか…わざわざ悪いね、隆景」

「…!」

今押された事によって建物の影に隠れたのだが、入れ違いで隆景がやって来たのだ。こんな所でしゃがみ込んでいたら必ず話し掛けられて後々厄介だっただろうから、大変助かった。元就の気遣いだろう。
元就が隆景に返事をすると、隆景は来た方向に直ぐに踵を返した。元就もその背に続くが、ちらりと此方を見ると、後ろ手で小さく手を振って行ってしまった。
会議の時間も気にせず、隆景をやり過ごしてくれたことに感謝し深くお辞儀をして、今度元就にお礼せねばと思った。

…しかし、何故隆景に見つかってはまずいと元就はわかっていたのか。

本当にあの父子は謎だらけだと慄きながら名前はその場を去った。

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「ふふふ。いいね、青春だなあ」

「…は?どうされました」

「いや、陽射しか暖かいなあと思ってね」

「平気で会議に遅れて散歩ですか…。仕事がまわってくるのは私なのですが」

「つまらない集会に出るより、学生と直接触れ合ってた方がいいだろ?」

「?」

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隆景と白詰草と微妙に連動


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