戦国msu | ナノ




※トリップしてきて世界に馴染んでます
















軽快な調子の足音が廊下に響く。その足音は真っ直ぐに部屋まで向かって来たので、隆景はつい口元を緩めてしまう。やれと立ち上がり、その足音の主を襖を開けて迎え入れた。

「隆景さん、隆景さん。みてください、信長さんからいただいたものです」

「はいはい、此方におります。…それは植物ですか?」

すぐに、ご機嫌な様子で名前は部屋に飛び込んできた。促されて名前の手元を見ると、如何にも信長が好みそうな雅な布に包まれて、見たことも無い植物の束があった。草は草なのだろうが、白い小さな花もちらちらと顔を見せる。信長からの贈り物と言っていたので、変わったものであることは折り紙つきだ。

「クローバー…ええと、白詰草という植物です。異国から信長様へ硝子の器が献上されたんですけど、器が破損しないように、箱の中に詰められていた草だそうですよ」

「ほう、丸っこくて愛らしいですね。貴女のように」

「それどういう意味です?どうせ丸々としてますよ…」

「雰囲気のお話です」

名前はよく考えていないのだろうが、この時代では誰此れ構わず贈り物を贈るという訳では無い。信長の事だ、別世界から来た名前は格好の興味の的だろう。隆景は内心面白く無く、表情には出さず悪態を付くと、案の定名前は拗ねた。
だがすぐに気を取り直してぱっと表情を咲かせた。

「実はこの草、私の世界では彼方此方に生えてたんです。見て下さい、全部三つ葉でしょう?稀に四つ葉があるらしくて、キリスト教では幸運の印とされているらしいですよ」

「言われてみると、四つ目の葉を足せば、如何にも十字架の様だ」

「でしょう?一枚一枚にも意味が込められているんです。一枚は名声、一枚は富、一枚は満ち足りた愛、そしてもう一枚が…」

普段はこの様な知識話は自分からすることが多かったので、逆に名前が嬉々として語るのが新鮮だった。この世界に飛ばされ、毛利家で世話をすることになった当初から、上辺は元気の塊だが、名前は何処か遠慮がちで本音で話すことをしなかった。当時と比べものにならない打ち解けたが、ころころと鈴の様に笑い、流れて話し続ける名前は始めて見た。彼女は常から、こうやって笑っていたほうがずっといい。

「散歩しながら探すの好きだったなあ」

「それでは、どうやら根がついているものもあるようですし、庭に植えたらどうでしょう。そのうち四つ葉も見つかるのでは?」

「…!」

隆景の提案に、名前は顔を輝かせた。予想通りで隆景もつられて笑ってしまう。

「その提案お待ちしてましたとも!じゃあ行って来ます」

「ふふ、そんなに慌てずに」

白詰草の包みを大事に抱え直し、隆景を部屋に残し早速庭へ走って行った。その際、包みから顔をはみ出させるほど盛られた白詰草が一本落ちた。それを拾い上げて、先程の名前の顔を思い浮かべながら、読みかけの書物に取り掛かった。
しかし、暫く読み進めるとふと思い立つ。名前が自らの世界について話していた内容を思い出し、本と白詰草を見比べた。
そして、信長からの贈り物だということも。

「私も一手、打ちますか」

何を決めたのか、普段病みつきになる書物を閉じて作業に取り掛かった。












白詰草の根は日当たりの良い広い場所に植えられたのだが、水をやる以外大した世話もしなかったにも関わらず、幾日か経つとそれはもりもりと成長と繁殖を繰り返し庭を占領していた。予想外の多さだが、名前には結果的に気持ちが満たされたので白詰草を眺める日課ができたのだった。今日も今日とて、庭でしゃがみ込んで、水やりと観賞に勤しんでいた。

「どうです、四つ葉は見つかりましたか?」

「あ、隆景さん。やっぱり幸運の象徴だけあって見つかりませんねえ…」

眺めるのに夢中で、背後の隆景に気づかなかった。隆景は話しかけると、名前の真横にしゃがんで一緒に白詰草を眺め始めた。

「此れだけ沢山あるというのに、四つ葉とは本当に珍しいものなんですね」

「うーん見つかる時は見つかるんですけどね。気長に待つしかないですねえ」

名前は目を凝らしてみせるが、毎日熱心に眺めているのだ、見つかるわけが無い。まあ、いい日課ができたのだからそれだけでも十分だ。
すると隆景も真似して目を凝らして、手で丁寧に一つ一つ葉を正面に向かせて探し始めた。そんなに丁寧にやっていたら、日がくれてしまう。名前はそうこっそり笑ったのだが

「おや、四つ葉だ」

「えっ?!」

名前が立ち上がった瞬間に隆景がそう言ったのだ。毎日眺めている私でも見つけられなかったのにそうもあっさりと?!

「どどど何処ですか?何で…!?」

慌ててもう一度しゃがもうとしたのだが、隆景が先に立ち上がって名前の目の前に突き出した。

「…?」

しかし突き出された隆景の手の中には、四つ葉でもなければ白詰草でもなかった。長方形の紙片で、上部に穴が開けられており、そこに紐が通してある。名前の認識が正しければ、恐らくこれは栞だった。
取り敢えず出されたので受け取ってまじまじと見ると、栞には押し花として三つ葉の白詰草が張り付けてある。もしや隆景はこれを四つ葉だと言ったのだろうか?押し花の栞はとても風情があって美しいが…とよく白詰草を見て見ると、葉と葉の間に、葉と同じ大きさ程の薄紅色の何かの花弁が、四つ目の葉の代わりに張り付けてあるではないか。
漸く気付くと、名前は歓声を上げた。

「わあ、可愛い!四つ葉だ!普通の四つ葉よりなんだか幸せな気分になっちゃいますね」

「ね、四つ葉でしょう」

「ふふ、四つ葉ですね。これ、隆景さんが作ったんですか?本を読むのにも使えて、見る度に癒されて。素敵ですね」

もう一度栞を見直すと、本当に綺麗に水分を抜かれた白詰草と花弁があった。名前も幼い頃は押し花をやったものだったが、色も汚くてこんなに上手くはできなかった事を思い出し、四つ葉代わりの花弁を撫でて笑った。その様子を眺めて隆景は目を細め、言った。

「それは貴女の為に作ったものです、差し上げます。誕生日のお祝いです」

「え?」

栞を抱えたまま硬直する。栞とあれば、てっきり本を愛する隆景が自分用に作ったものだと思ったのだが、私に?それ以上に驚いたのが誕生日だ。確かに今日は自分の誕生日だが。

「何で私の誕生日を…というか、この時代は祝う習慣は無いんじゃ」

「貴女が来た当時、話してくれたではありませんか」

どうやら自分が話したらしい。しかし名前は首を捻った。ここに来てしまった当時は如何せん右も左も分からなかったので、毛利に拾われて隆景があやしてくれたのは覚えているのだが、不安や恐怖が強くて覚えていなかった。そんな自分を安心させる為か、隆景は名前が危険でないと判断したその時から、元の時代の事について聞いて落ち着かせてくれたのだ。そうだ、その時に口走ったのかもしれない。

隆景はそんな小さな事を逐一覚えていてくれたようだ。
どうしようか、とても嬉しい。自分でも口がつり上がって行くのがわかる程にやけてしまう。

「えへへ、本当にいただいていいんですか?」

「ええ。喜んでいただけるのなら」

「勿論ですよ。こんなに手の込んだ物を、ありがとうございます」

栞を空に飾して何度も見直す。名前は此処に来てから今までに無い程に、胸に何かが埋まって行く思いだった。それは栞を贈った隆景も同じだったのだが、自分の物を渡す事で独占欲を満たした己自身の存在を感じた。何時からこんな自分が生まれたのだろうか。
喜ぶ名前を見ながら考えていると、名前が向き直り話し出したので。内心少し慌て我に帰る。

「この時代の異性への贈り物っていうと、想い人にあげるものなんですよね?信長さんは、私のお話がお気に召したからそのお礼らしいですけど…。えへ、隆景さんの大切を奪いました!もうお婿に行けませんよ」

名前は栞をかざしてはにかむ。何だ、知っているのなら話が早い。その提案自体が隆景には本望である。

「奪うも何も、私はその意を込めて贈ったのです」

「そうですよね!…は?」

返事が想像していた物と全く違い、名前は目を点にする。だが隆景は普段とは何も変わらない表情だった。笑うでもなく、怒るでもなく、何時もの柔らかい顔なのだ。

「さて、贈ったのは良いのですが、貴女まだ栞を挟める程書が読めないでしょう。一緒に字を覚えますよ」

まだ言葉を理解していない名前の手を取り、隆景は歩み出した。引かれるがままに歩き出すが、次の言葉で全身に熱がまわり一気に覚醒することになる。

「私の部屋で、ゆっくりと、二人きりで、ね」

隆景は何時ものように笑うのだから。名前は訳がわからなかった。白詰草は四枚葉が揃えば真実の愛を意味すると自分で言ったことも忘れて。


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