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元就と酒

5歳の時、母が死んだ。10歳の時、父が死んだ。11歳の時、兄の興元が大内義興に従って京に上った。その時元就の周りに肉親は全くいなくなり、みなし子のように一人きりで生きていた。










名前は夜更けに呼びつけられ、元就の部屋に向かっていた。

「やあ、こんばんは。待ってたよ」

「失礼します。相変わらずの本の山ですね、整理する身にもなって下さいよ」

元就の部屋を訪ねると相変わらず本で散乱しており、文机の周りは本の山々で囲まれていた。乱雑に置いてあるようで種類別に分けられている事もある。この人の頭は良い意味でどうかしてる、と片付けを頼まれる度思うものだった。

「すまない。どうしても付き合って欲しくてね」

どん、と置かれたのは酒瓶だった。それと餅がのったお皿。晩酌に付き合えということだろう。名前は驚いていった。

「元就さん今日はお酒飲まれるんですか?!あの酒を拒みまくる元就さんが?」

「そりゃ飲みたくなる時はあるさ。程度を考えて飲めば問題無い。だから君呼んだんだよ。二人いれば抑制し合えるしね」

「え、私下戸ですよ」

「だから餅さ。私は飲み過ぎないように、君は食べ過ぎないように」

確信をつかれて名前は戸惑う。先程から酒瓶より餅のほうばかり見ていたのだから、餅が食べたい事を当てられても仕方が無いのだが。そう言う事ならと元就の側に座し、まず元就の杯に酒を注ぐ。

「どうぞ、大殿」

「嬉しいねぇ。綺麗な女性に酌してもらえるなんて」

「そう思っていただけるなら片付けやら雑用をやらせないように努力して下さいませ」

「あいたた、痛いところを突かれた」

杯に酒を注ぐと、元就はいつもの調子で話すとさらりと一口で飲み干してしまった。これには名前も気にかかる。

「元就さん、もう少し間隔を空けてお飲みになっては」

心配で諭してみても、元就は既に空の杯を名前の前に差し出してきた。目はもう一杯と促してくるが、どうも自分を写していないように思えた。策を練っている時とも違う濁ったような瞳に、名前は吸い込まれて杯に酒を注いでしまう。今度は一口つけるとすぐに杯を離した。取り敢えず安堵して名前も用意された餅を食す。きっと彼は何か考えている、酒を飲んで自制を解こうとしているようだ。元就の背負う大きな荷を知っている名前は、黙って元就の言葉を待った。

「名前、今晩の私は弱気になっている。襲って殺すなり犯すなりするなら今だよ」

「そんな軽口が叩ける様でしたら、貴方の機転で返り討ちにされるのでしょうね」

「ははっ、君には敵わないね。でも本当さ。先日から自分と関わった将達の歴史を書き連ねているんだ。自分のした汚く真っ黒な策も含めてね」

冗談混じりで話出したが、決して軽い話の切り出しでないことは名前にはわかっていた。敢えて平静を装ったが、元就の一言一言が、とても重い。

「名前、私が物心付く前に母は死んでいて、次いで父も酒で死んだ。兄は義隆殿に従って京に行っちゃうし、父と同じく酒害で早死にだったしね。」

元就の顔に影が差した。口角が上がり…笑っている。

「そして弟の元綱は私が殺した。自分が毛利の跡継ぎとなる為に」

名前は彼の腹の内に深く根付いた闇を見た気がした。何時もの穏やかな性格も、その黒さ故にできてしまった壁である。はじめは剥き出しになっていた感情も、事が起きる度幾重も幾重も壁ができて行き、作られたのが今の元就だ。これから彼はまた壁を作り続けるのだろうか。名前はせめてと元就から目を離さず耳を傾ける。元就は一口つけてから続けた。

「私にはこれからの歴史がわかる。…乱世は時期に終わる。しかし今じゃない。」

元就は開け放たれた外を見た。見たといっても視線を投げかけただけで、思いはもっと未来へと向いていた。

「この時代が為に、友も出来ず、家族でさえ明日には敵になるんだ」

元就はそう言い切ると、溜息を吐いて杯を置いた。様子を伺うと、普段の元就の表情に戻っていた。

「やれやれ、普段より更に話が冗長になってしまった。聞き流してくれてありがとう」

「私は何も」

「こうやってね、愚痴を吐く事も今では機会を逃してしまうんだ」

そう寂しそうにぼやく元就の口に、名前は意を決して餅を突っ込んだ。

「むぐっ?!」

「酒は飲んでも呑まれるな、ですよ。吐くならお酒の力なんか借りずに、私をお呼びください。餅を土産に持ってくるのなら何時でもお相手しましょう。」

元就は餅を懸命に咀嚼しながら聞いた。ほくそ笑んだ名前は、自分自身も餅を一口で頬張った。まさか自分で決めたことを名前に諭されようとは。情けなくも、まるで母に叱られているような気分になり満更でもない。
一変、名前は餅を食しきると真顔になり元就に向き合った。

「元就さん、もし私に裏切りや寝返りの疑惑がかかったら遠慮せずに誅殺を」

「…名前」

それが一番恐ろしい事なんだよ。もう誰かを失いたく無いんだ。家族も友も家臣も。

「でも私は生きますよ。どんな疑惑がかかろうと貴方への想いは変わりません。生きてみせましょう。逃げ延びてでも何処かで生きて、貴方を思いましょう」

元就は一本取られてしまった。元就の胸中など、名前にはお見通しだったのだ。元就はふっと笑い、胸の内の靄が消えて行くように感じた。私の冷たい感情を、自分の気付かない何処かから見守ってそのあたたかさで消し去ってしまう。騙し謀ることも通用しない、通用したとしても全て承知の上で彼女は受けるのだろう。

「そりゃ」

「うわあ」

元就は名前に全体重をかけてもたれかかり、そのまま名前を下敷きに床に倒れこんだ。

「ああ、あったかい。君は柔らかくて温かくてとてもいいね」

「私は元就さんの玩具じゃありませんよー」

「…落ち着くよ」

顔を胸元に埋まってきた元就に名前は、もしかしたら家族の温かみに飢えているのではないかと思った。擦り寄ってくる元就につい、母性本能というやつが擽られる。しかし元就には三人の子どもができており、大変可愛がっていた。自分のような目に合わせないように。貴方にも大切な家族が今はいるじゃないですか。
胸元にある元就の頭をゆっくり慰めるように撫でてやった。その行動に元就は目を伏せてされるがままになる。とても気持ちがいい。撫でられた頭から芯が温められて行くようだった。程なく心地よい眠気が元就を襲ってくる。頭蓋に名前の心音を感じながら船を漕ぎ出した。

「名前…ごめん…」

「どうぞお休みください、ゆっくりと。元就さん」

呼ばれた名がとても穏やかで、安心仕切った元就は意識を手放していった。そのうち小さな寝息が聞こえてくると、名前はやれやれと困ったように笑った。

「重い…しかもすっごくしっかり抱かれてるから、これは私も寝る感じだな」

がっちりと抱かれた腕は解けそうに無く、しかも元就が覆い被さる形で寝ているので、名前は身動きが取れなかった。観念し、元就を掛け着代わりにそっと眠るのを試みるのだった。重いが、この人は大きくて温かい方なのだからと、名前も安堵感ですぐに意識が遠のいていった。

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おまけ

「ちちうえ、おはようございます。しつれいいたしま………おや、名前さんとちちうえはどうして一緒ににねているのでしょうか」

「すーすー」

「すやすや」

「二人でよりそってとってもきもちよさそうです。わたしも、わたしも」

(ぼすっ)

「うぐっ!………すぅ」

「ちちうえー…名前さん……………ぐぅ」
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ショタかかげ

ごめん妙玖。


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