戦国msu | ナノ




「お酒は駄目だよ、身を破滅させる恐ろしい誘惑だ。慎み程度にしといて代わりに菓子でも食べなさい」

毛利家では酒を慎む事が家訓となっていた。というのも、元就の祖父・父・兄は全員酒害で亡くなっているからである。元就自身このことから酒を飲まず餅を食すよう徹底し、息子や孫達にも言い聞かせた。酒飲みの輝元には書状にて窘めていたようだ。酒はね、酒はねと大切なことは二回書き連ねまでして。
隆景は、そんな父の行動は早くして家族を亡くしたからこそのものだと悟っていた。だから父上は、我々息子達をとても大切に扱ってくれるのだ、と。故に言いつけを守り極力酒は飲まないようにしていた。
だが、今日の宴の席でそれは起こる。今日も家訓を守るべく、酒は丁重に断り代わりに出される餅をつまんでいたところ、普段は酒を飲まない元就が家臣より杯に注いでもらっていたのだ。

「父上が酒を飲むとは、珍しいですね」

「まあ、飲みたくなる時もあるさ」

絶対に飲まないようにと定められていたものでもないので、そんな日もあるだろうと見過ごした。しかし、二口三口と杯を進める元就に隆景は違和感を持った。まるで酒と一緒に何かを自分の中へ押し込めているような、そのように見て取れた。四口目を飲み干し、ふうと息を吐き出た後、元就がおもむろに語り出したのだった。

「なあ、隆景」

「はい」

「私には…真の友がいない。こんな世の中、知と武に優れる者が天下を夢見るのは当然だ。だけど、それでは友ができない。
素質のある者同士、力を合わせれば民を幸福にできるはず
なんだが、なかなかそうはいかないね。
今の時代がそれを許さない。
悲しいことだけど、友情を保っていては乱世を生き残ることはできないんだよ」

杯に目線を落として元就は言った。その顔からは、普段の穏やかな表情は消えている。何も表情が無く、空虚な瞳をしていた。隆景はすぐに先の厳島合戦が思い浮かぶ。かつて元就の友人であった、弘中隆包の事が。

「父上、けれどもそれは…」

其処まで口にして、次の言葉を出すのをやめた。自分が今言おうとした言葉は、偽善だと悟ったからである。
隆景を見た元就も、そのことは重々承知だと笑みを零してみせた。その笑みに隆景の背筋が凍る。元就が背負う物の大きさを感じたからだ。

「ま、天下を祈っても中国くらいしか取れないけどね」

そう飄々と言ってのける物だから、尚更である。











名前は宴が得意ではなく、付き合い程度に場を同じくしたら数刻も経たぬうちに席を外していた。普段の戦場での袴ではなく、女性物の着物をを着ることも理由の一つであるが。早く自室に戻ろうと廊下を歩いていた時だった。縁側に座る人影を見つける、隆景だ。
隆景は縁側で腰掛け月を眺めていた。隆景も居づらくなったのだろうかと見てみると、彼が腰掛けた横には酒瓶と杯が置かれていた。名前は不思議に思う。普段頑なに酒を拒む隆景が、人に勧められるでもなく一人で飲んでいるのである。そうざらついて立ち尽くしていると、隆景が名前に気づいた。

「…ああ、名前でしたか。何処の美しい姫君かと思いました」

さらりと凄い発言をかました隆景に名前は狼狽する。練った策や本に関しては滔々と語るが、それ以外は必要な事以外言わない印象を持っていたので、心臓が跳ねる。これは酒のせいであろうか。気を取り直して聞く。

「お世辞をありがとうございます。こんなところでどうされたんですか?」

しかしそれに返事はなく、杯を持った隆景がそれを名前に掲げてみせた。

「酌をお願いできますか」

本当に今日はどうしたのだろうか、まあ誰にでも飲みたい時もあるか。断る理由もなく、隆景の横に正座し、置いてあった酒瓶を手に取り杯に傾ける。

「失礼します」

「ありがとうございます」

隆景は注がれた酒にそっと口をつけて、また空を見た。あくまでも少量ずつ嗜んでいるようだ。其処までの動作が流れるように美しいのだが、何処かいつもと違った雰囲気に名前は呑まれて喋ることが出来ない。隆景は空ではなく何処か遠くを見ているのだ。

「名前、私と父上は似ていますか」

徐に隆景は口を開いた。唐突な質問に名前は考えたが、思っていることを口に出す。

「隆元さんや元春さん達と比べたら一番似ているのではないでしょうか。容姿はそこそこですが、雰囲気と、何より才覚の方向が」

「そうですか。成る程」

隆景は笑うが、それが喜びから来るものではないと名前でもわかってしまった。自嘲だ。

「隆元兄上が、父上と自らを比べ葛藤しているようです。兄上の事です、自分をとても低く見ているのでしょう。…では、私はどうでしょうか」

そう問うて名前を見てきた。名前は顔を顰める。問うと言うことは自分で自覚しているからではないのか。

「それを私に言わせるのですか…?」

「…すみません、今私は貴女だからと甘えてしまっています」

そう視線を落として杯を飲み干してしまった。名前は普段飲まない隆景の体が心配でならないが、差し出してくる物を拒む訳にもいかず注いでしまう。隆景はまた一口付ける。

「私は、父上が望む毛利安泰の為尽力しています。しかし、この為に父上が成してきた全てが大き過ぎる。軍略や政治面の才覚は勿論ですが、彼には全てを背負う勇がある。…厳島合戦以降、父上の背が遠く見えています。背が、重みを語るのです」

覚悟はあるのです、そう隆景は言った。名前は隆景が酒に頼って、普段殺している感情を曝け出しているのだと気づいた。
先の戦、厳島合戦が終わった時。隆景が元就の後ろ姿を追っていることに名前は気づいていた。元就の気持ちも隆景の思いも名前は知っていた為、話しかけることが出来なかった。慰めの言葉なんで安い、しかしその時から隆景や元就を更に追い続けた名前が言うことは決まっていた。酒瓶を置き隆景に向き合う。

「今の元就さんには貴方達三矢が居る、だからこそその力を遺憾無く発揮出来ていると思うのです。支えの数本が自覚無くして元就さんが泣いちゃいますよ」

隆景ははっとした。今飲んでいる酒も、元はと言えば元就の言いつけから控えていたのではないのか。誰よりも家族の尊さ、大切さを知っている父を自分から信じずにいたのだ。隆景はまだ酒が入った杯を置いた。

「毛利家の一矢…」

「でも隆景さんも人です、今みたいに見失う事もあるでしょう」

続けて名前は言う。

「貴方が迷う時は、私が貴方の背中を守りましょう」

隆景は名前の顔を見る。揺るがぬ意思を持った表情で、隆景の目は射止められた。同時に大きな安堵感が胸の中を占めた。自分を見抜き、自分の背を守るという。それは他人と何処か一線引いた隆景にとっては恐ろしいことだったのだが、何故彼女だとこうも愛おしいのか。
名前が、欲しい。隆景はその一心に駆られた。
隆景は左手で名前の肩をつかみ、右手で後頭部を固定し、そのまま噛み付くように名前に口付けした。
名前は何が起こったか理解出来ないが、唇に当たる感覚と酒の匂いに意識が集中する。数度角度を変えられてから、離れていった。

「もう一度」

隆景は再び名前の口を塞ぐ。今度は柔らかく唇を啄ばまれて、歯が食い込む度生々しい感覚に陥る。今、自分は隆景に口づけされているのだ。そう実感させられた。

「もう一度、舌を出しなさい」

口が離れると隆景は名前に要求した。舌を出すということは…名前は考えると羞恥で芯まで熱くなったが、抵抗出来ない。観念して小さく口を開き、恐る恐る舌を出す。すると隆景は酒瓶をそのまま口に付け酒を口に含んだと思うと、そのまま名前に口付けてきた。出された舌を隆景の舌が舐めとり、同時に名前に酒が流れ込んできた。

「んっ…!ん」

液体の感覚と酒に酔う感覚が苦しくて身動ぐが固定され動けない。どうしようもなくそのまま飲み込む。喉が焼けるように感じたが、それ以上に隆景の舌に翻弄され思考が追いつかない。名前の舌を転がし、かと思えば裏筋をゆっくり舐められ快感に震えた。
漸く唇が離れた頃には、名前の思考は蕩けてしまい、涙目で焦点が合わず息を切らしてしまっていた。口の端からは双方の唾液と酒が混ざり合ったものが流れてしまっていた。それを隆景は親指で掬い取る。

「酒を酌み交わしました、後戻りはできませんよ」

その言葉に、名前はほうけていた意識を取り戻し、隆景の目を見てしっかり返した。

「承知の上です」

隆景は満足し、酒瓶と杯を端に追いやり名前を腕の中におさめた。存在を確かめるように、包んだ。今度は酒の力を借りずに、自分と貴女と向き合おう。



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