たーんぺぺぺん | ナノ

きゅっきゅという豪炎寺くんの黒板を消す音が、二人っきりの教室にじんわり溶けていく。あとは日誌のこの欄を書けば、日直の仕事は終わりだ。すうっと息を吸い込んで、最後の項目に取り組もうと意気込めば、ガタガタといすを引く音と、真っ黒の学ランが見えた。ゆっくり、視線を上げれば、豪炎寺くんが静かにいすに座ってこちらを見ていた。


「こ、黒板終わったんだ」
『…ああ。他には何かないか?』
「ううん、この項目書いたら終わりだよ!豪炎寺くん先に部活行ってなよ」


わたしの問いかけに、豪炎寺くんはふるふると首を振った。遠慮しているかと思って「遠慮しなくていいよ」と素直にわたしがいえば、ふっと小さく笑って『お前がいるからいい』と、何のためらいもなしに、そう言ったのだ。その言葉に、動いていた手が止まる顔があつくなる心臓の動きが早くなる。いっぺんにいろんなことが起こって、わたしはついていけなくなる。なんだかくすぐったいようなその言葉は、わたしの鼓膜の中でぴょんぴょんといつまでも跳ね続けて、わたしはうれしいのかはずかしいのか、わけが分からなくなって、ぎゅうっと目を瞑った。しんじゃい そ、う。
だめだ、豪炎寺くんといると、心臓もたない。胸がいっぱいいっぱいになって、うれしくって、しあわせで。
だめだなあ。豪炎寺くんの近くは。


「じゃ、じゃあ、早く終わらせるね!」
『ああ』


どくんどくん大きな音をたてる心臓をとんとんと数回叩いて、わたしは再び項目に目を向けた。わたしの言葉に返事をする豪炎寺くんの顔は何かを分かったような、そんな顔だったから、きっとわたしが豪炎寺くんの言葉に過剰な反応をしたのはバレてしまったんだろうなあ。頭のすみっこでそう考えながら、一生懸命手を動かす。


『…急がなくていいからな』


やわらかい笑顔で豪炎寺くんが頬杖をつきながらわたしにそう告げる。あ、睫毛多い。豪炎寺くんが頬杖をついたことで、目が伏せられて普段見ることができない豪炎寺くんの睫毛がしっかりと見ることができた。男の子なのに、睫毛ばさばさだ。ニキビもないなあ。ずるいなあ。じいっと目を伏せた豪炎寺くんを見ていれば、また心臓がうるさくなる。だけど、見るのをやめれなくなる。
やっぱり、豪炎寺くんの近くはだめだなあ。


『ど、………うした?』
「あ、 え!?ぜ、全然!何も!!」


びびび、びっくりしたあ!ずっと見ていたら、豪炎寺くんがいきなり目をわたしに向けてきたもんだから、ぱちりと至近距離で目が合ってしまった。今度こそ、本当にしんじゃうかと思った、!
誤魔化すようにまた日誌の項目に急いで目を移す。だめだ、心臓、おちつけ。ばくばくする心臓を何とか落ち着かせようとするのに、心臓は静かになってくれない。お腹の奥から熱が全身に込み上げる。
こんなになるのは、やっぱりわたしだけかなあ。豪炎寺くんの言葉にうれしくなったりかなしくなったりして、豪炎寺くんの仕草に心臓がしんじゃいそうなくらい早くなって。ずるいなあ。


「…豪炎寺くんは、ずるいなあ」


目線は日誌の項目に向けたまま。だけど、なんとなく、豪炎寺くんが目を瞬きさせたのが分かった。


「豪炎寺くんの隣にいると、わたしすっごく緊張しちゃうよ」


今度は、わたしの方から豪炎寺くんに目線を合わせに行った。豪炎寺くんは窓から入る橙色に染められてなんだかすごく、きれいだった。グラウンドでは円堂の大きな声が聞こえてきていた。もう夕方かあ、と少し呑気なことを考えてわたしはうれしくなった。こんな時間まで豪炎寺くんといれたんだから。すごくうれしいや。


『…俺の方が、』


ぽつりと豪炎寺くんが何かを呟いた。
……ん?あれ?なんか、豪炎寺くんの耳、まっか ?


『…俺の方が緊張してる』


うっそだあ。
110501
ささやかな心臓
Thank you for a wonderful plan to 歓落
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テーマ「人外ファンタジー」
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