日の当たる南校舎の3階の最奥、非常階段。
ほどよく風の吹くそこは私のお気に入りスポット。
毎日放課後にはスケッチブックに鉛筆、絵の具にパステル、いろんな物を持ってそこにいる。
非常階段からは校庭が見える。
校庭には沢山の植物が植えてあり、その日その日で色々な表情を見せてくれる。
今日も近くの教室から椅子を借りてきてスケッチブックを開く。
鉛筆を擦る音が響く。
次第に集中してきて周りの音が耳に入らなくなってくる。
「―――――あ。」
消しゴムを取り落としてしまった。
1階まで落ちていってしまったようだ。
重い腰をあげ、非常階段を駆け下りる。
校庭では野球部がノックでもしているのか、カキィンと小気味いい音がしている。
消しゴムを拾ってほこりを払っていると遠くから声をかけられる。
「すみませーん!
そこの階段の近くにいる人ー!
よけてくださーい!!」
声の方を見れば明らかにこちらに向かって猛スピードで飛んでくる硬球。
よけろ、と言われてももう間に合うはずもない。
諦めて手を伸ばす。
パシッとボ
ールをキャッチすると素早く投げ返す。
あーっしたー!と聞こえる"ありがとうございました"を背に非常階段を登る。
スケッチブックの前に座ってさっきまで描いていた物を眺める。
そして、何とはなしにページをめくり、鉛筆を走らせた。
…暑い。
ボール拾いでこんな遠くに人、必要あんのか?
「・・・舜っ!そっち行ったぞ!―走れ!!」
先輩の声に慌てて上空を見ると、遙か高いところにボールがあった。
「――――遠っ!!」
頑張って追うがこれは完全に場外。
落下予測地には髪を高いところで一つに結っている女子生徒がいる。…やば。
「すみませーん!
そこの階段の近くにいる人ー!
よけてくださーい!!」
声はかける。
だが、間に合うはずがない。
何を思ったかその人は手を伸ばし、結構な速度で飛んでくるボールをキャッチしてこちらに投げ返してきた。
パシィィン!とグローブに強い衝撃が走る。…スゲェ剛速球。
「あーっしたー!」
返してくれた事にお礼を言うとその人は非常階段を登っていった。
ボールを送球してまた非常階段を見ると最上階にその人はいた。
大きなスケッチブックを眺めていた。
「舜!も一本いくぞー!」
「はいっ!」
大きく返事をして中腰で構える。
何となくさっきまでと違ってワクワクしてきた。
「あっした!」
「「っしたー!!」」
部活が終わってふと非常階段を見てみると長い筒状の何かを肩にかけ、長い髪を風になびかせているあの人がいた。
何となく走り寄りたい気分だったが、そんなことしたら先輩方に何を言われるかわかったもんじゃない。
とりあえず着替えにダッシュで部室へ向かう。
…帰ってなきゃいいけど。
ネクタイも締め半端に非常階段へ向かう。
あの人はさっきと変わらぬ姿でそこにいた。
3段飛ばしで3階まで駆け上がる。
「…よくわかったね。
もうこんなに暗いのに。」
その人は低めの心地よい声で話す。
「まぁ、長いこと夜まで部活やってりゃ夜目が利くようにもなりますよ。」
少しぎこちない声はばれなかっただろうか。
1年生?と問うその人にうなずくと人なつっこそうな笑顔でじゃあ先輩だ。と笑った。
その笑顔にどうしようもなくなってとりあえず質問を投げる。
「ここで何してたんですか?」
するとその人はさらり、と答える。
「部活。あたし美術部だから。」
「何、描いてんですか?」
するとその人はうーん…とうなる。
長い筒状の何かから大きなスケッチブックを取り出してある1ページを破りとり、何か書き足してから丁寧にくるくると巻いて俺に放った。
「え…?」
「見てみればわかるよ。」
言うだけいってその人は階段を降りてゆく。
とりあえず俺は画用紙を広げてみる。
そこには中腰で鋭い目で前を見据える自分。水彩で色が付いている。
下の方に小さく
"普段はもっとまともに風景画よ。
ありがちだけど。"
と書いてある。
俺はダッシュであの人を追った。
階段を降りてすぐ位の所にあの人を見つけて手首を掴む。
「…とりあえず、渡し逃げは卑怯っすよ。俺も色々言わなきゃいけない気がするし。」
一緒に帰りましょう。と言うとニヤリと笑って良いわよ。と答えてくれた。
「そーいやすっごい豪速球でしたね。」
「ん?あぁ。あたし中学ソフト部だったから。」
「……まじか」